関西夫夫 クーラー1
昨今、うち業界でも荒い仕事をするアホが増えている。昔は、こそこそしたやり口で、機械を誤魔化して金を稼いでいたやつが多かったが、そういうのは減った。その代わり、換金所に強盗とか夜にトラックで重機を持ち込んで金庫ごと破壊するという荒っぽい手口が増えたのだ。幸い、うちの会社は、まだ、その手の被害には遭ってない。基本的に換金所の金は閉店後に全部、事務所の金庫に投げ込むから、金がないのは広まっているのだろう。
「へぇーバクダン小僧がなあ。えらい災難やったな。」
「いや、アホなだけや。暢気に見物しとるんやから。・・・なあ、佐味田さん、最近、こっちに窃盗団とか廻ってんのか? 」
朝のミーティングの時間に、そう佐味田さんに尋ねた。荒っぽいのは、適当に徒党を組んで、仕事をしたら次の場所に移るというのを繰り返していることが多い。そういう情報は、元ポリの佐味田さんが持っている。
「うーん、ここんとこはクルマの窃盗団とか当たり屋が来てるとは聞いてるけどな。コンビニ強盗なんてのは、外国人とか食い潰した日本人が、唐突にやりよるから集団ではないんや、みっちゃん。」
「ATMはいかれてるとこがあったな? 佐味田。」
「あれも、一発屋や。どっかで重機をパクってやったら逃げるちゅーやつや。中部のほうも被害はないんやろ? 」
「報告は来てないな。」
「まあ、用心にこしたことはあらへん。金庫のセキュリティーを強化するように全店に通達しとこか? 」
「せやな。」
開店前は、比較的、余裕があるので打ち合わせは、朝のうちにする。出勤して、小一時間は雑談のようなミーティングがある。昔は、金庫に金が唸ってたが、最近は、支払いはネットバンクを使うから、それほどではないし、夜間金庫が近くにある店舗は、その日のうちに金を入れるので、夜間、店にも、それほどの金は置かれなくなった。
「ほんでな、みっちゃん。この店のことやけど・・・・」
「それな、たぶん、店長やないわ。この抜き方は、経理のほうや。」
「了解。連絡しとく。・・・こんなもんか? 」
「ああ、わし、金曜日休みもらうで? 」
「ん? 参観日け? 東川さん。」
「まあ、そんなとこや。」
誰が見ても極道にしか見えない東川は、実は子煩悩な男で、娘の参加日なんかには、何が何でも出席したる、という勢いなので、こういうことが、年に何回かある。関西部門の統括責任者は、一応、俺やけど、この東川のおっさんが、基本的には表には出向いている。なんせ、俺、鶏がらの若造なので、全然、インパクトがないから、はったりもきかへんからや。他の面子も、似たような厳ついおっさんなので、外回りの担当をしてくれている。
「おまえ、夜にコンビニ寄る時は気ぃつけや? みっちゃん。」
「繁華街の人が、ようさんおるコンビニで買い物せんとあかんで? そこやったら、強盗も来やへんさかい。」
「強盗ってわかったら、即座にバックヤードに逃げや? 刺されても保障もなんもないんやからな? 」
三人のおっさんは、口々に俺に注意もした。昨日、旦那にも言われたが、よほど、俺は貧弱であるらしい。まあ、その通りやけど。
最近は八時には仕事を上がるのが定時になっている。昔は店がクローズするまで待機していたが、今は、朝の報告になったからや。ついでに、金銭もネットで動かしてる分は、そのままネットで右から左に動くだけなんで、データを見れば一目瞭然となっている。嘉藤のおっさんと会社を閉めて外へ出たら、ちょうど九時やった。中小のオフィス街は、夜でも、まだまだ蒸し暑い。でも、オフィス街なんで人通りは、まばらになっている。
「この湿気がたまらんな。」
「せやからクルマにしたらええやん。なんで、電車使こてるんや? おっさん。」
「飲まれへんからや。検問で引っ掛かって、即日免停なってみ? 仕事にならへん。」
「呑むの、やめたらええねん。」
「どあほっっ、わしの楽しみは酒とおねーちゃんしかあらへん。おまえみたいに、家で待ってくれる優しいヤツなんかあらへんねんからな。」
酒とおねーちゃんが趣味のおっさんなので、毎晩、繁華街で適当に飲んで帰る。ということで、繁華街の駅までは一緒に帰ったりする。ぼぉーっと歩いてたら、後ろからライトに照らされた。こんな狭い通りでもクルマは走る。ちょっと端っこに寄った。たまたま、俺のほうが真ん中に近かったので、嘉藤のおっさんの後ろに入ったら、いきなり、衝撃で吹っ飛ばされた。
はあ?
どんっっと背後から衝撃が来て、そのまま吹っ飛ばされた。クルマに中てられたんか、と、思ったが、そうではなかったらしい。どんっと横のシャッターにぶち当たった俺は、そのまま転がった。ついでに、嘉藤のおっさんも転がっている。
何事や?
緩々と起き上がったら、おっさんも起きた。気絶するほどではなかったらしい。轢かれたら、こんなもんやないやろう。
「轢き逃げかっっ。」
慌ててクルマのほうに顔を向けたが、すでに遠くにテールランプが見えるだけやったが、その前方でも、ドカンッッと音がしていた。まだ、何かに当たっているらしい。おっさんのほうは、警察に通報している。それから佐味田のおっさんにも連絡や。背中が、かなり痛い。まあ、でも折れてる痛みではなさそうで、立ち上がろうと左足に力を入れたら、ものすごっ痛い。ぐげっと俺は、おかしな声をあげて道路に転がった。
「みっちゃん? おいっっ、大丈夫か? 」
近寄ってきた嘉藤のおっさんは、頭から血が流れている。うわっ、怖っっ、と、俺は退いた。
「おっさんのほうが重傷ちゃうか? 頭、割れてるぞ。」
「うわっっ、なんじゃ、これはっっ。・・・・てか、あのクルマ・・・・おまえ、狙っとったぞ。」
「はあ? 」
「わし、ライトで振り向いたら、ドアを開けて突っ込んで来てたんや。」
「・・・・え・・・・」
俺が誰かに狙われる? いや、そんなことはないと思うんやけど。俺個人に恨み抱いてるヤツっておったかな、と、思ったが、元々、人間に興味のない俺には思いつくはずがない。すぐに警察が来て、救急車も到着した。二人とも負傷しているので、とりあえず救急車に運ばれた。
嘉藤のおっさんは、頭に擦り傷があっただけやった。血が流れたのは、頭やから派手になるだけらしい。まあ、包帯を巻かれているので、重傷に見えなくもない。
「まあ、わし、クルマのドアに気付いて、受身取ったさかい。・・・すまん、みっちゃん、気ぃつくのが遅かった。」
対して、俺は背中の打撲と、左足の捻挫。あと、手とか顔に擦り傷という派手なことになっていた。おっさんが振り向いた時に、すでに俺はドアにヒットされそうになってたんやそうや。
「悪質な悪戯ってやつか? 」
ということで、俺は処置室で横にされていた。スーツが、あっちこっち汚れたり裂けてたりで、情けない恰好やが、まあ、夏のスーツは上下で一万円やから、これはええ。
「どうなんやろうな。まあ、ポリが事情を聞きに来るまでは帰られへんのやが、連絡しとくか? 」
作品名:関西夫夫 クーラー1 作家名:篠義