私の読む「枕草子」 39段ー45段
虫は。鈴虫(今は松虫)。ひぐらし。てふ(ちょう)。松虫(今鈴虫)。きりぎりす(今のこおろぎを当時きりぎりすと呼び、はたおりが今のきりぎりすを指すという)。はたおり。われから。ひをむし。蛍。
(注)
われから。古今集、十五恋五、典侍因香「あまのかる藻に住む虫のわれからとねをこそ泣かめ世をば恨みじ」(807)で名高い。海藻についている小虫で破殻の意。同音で「我から」の意に懸けて用いる。
ひをむし。倭名抄、八に「?かげろう(虫偏に秀)此乎牟之、朝生暮死去名也」とある。
(日本古典文学大系頭注)
みのむしは一寸哀れである。鬼が生んだ物と、父鬼に似て恐ろしい心があると、母鬼の粗末な衣服を引きかぶせて
「今に秋風が吹いてくるから、それまで待てよ」
と言い置いて逃げてしまったことも知らないで風の音を聞いて八月になると
「ちちよ、ちちよ」
と頼りなさそうに鳴く。本当に哀れである。
ぬかづき虫もまた哀れである。(今のコメツキムシ)そんな虫の心にも信心をおこしてぬかずきまわるとはまあ。暗いところに思いかけずほとほとと音を立てて歩きまわるのが面白い。
蠅と言うやつこそ「にくきもの」の中に入れたいほどで、実際可愛げのないものだ。人間並に扱って敵などに廻す程の大きい虫ではないが、秋などに色々な物にたかり、顔などに濡れた足でたかる。人の名前ともなっている列子、湯問篇の「甘蠅古之善射者也」や古事記、安寧天皇条「蠅伊呂泥、蠅伊呂抒」など、この外にも同様の名称が多く付けられて本当にうっとうし
夏虫(青蛾) 一寸可笑しくて可愛い。灯火を近くに寄せて物語などを読んでいると、草子の上を飛び歩く、とても可愛い。
蟻は大変に憎いものであるが身軽なことは非常なもので、水面をさっさと自由に歩きまわる、それこそは奇妙な虫だ
【四四】
七月になるとが風が強く吹いてひどく雨が降るような日に、大体そのような日は涼しいので扇のことも忘れているが、汗の臭いが少し残っている綿の衣の薄いのを軽く覆って昼寝しているのは面白い。
【四五】
似合わない感じのもの。
素姓のいやしい者の家に雪が降る光景。また月がさし込んでくる、悔しい。
月が明るいのに屋形のない牛車が予期せずやってきた。また、さる車が上等な黄牛を繋いでいる。また、
老いた女が妊娠しておおきな腹を抱えて動き回る。
若い男と関係しているのも見苦しいのに男が他の女のところへ通ったといって、腹を立てている女
年とった男が寝ぼけた様子。また、鬚が生えている者が椎の実を拾って食べている様子。
歯のない女が梅を食べてすっぱがる
下衆(げす)が紅の袴を着用している。近頃はそういう女ばかりいるようだ。
衛門府の次官の佐(すけ)夜回りの姿。狩衣姿もはなはだ卑しげだ。職掌柄人にこわがられる赤色の袍が、いかにも仰山だ。女房の局のあたりをうろつく姿も、見つけると軽蔑したくなる。人を見ると、いつものくせで
「怪しい者はいるか」
と人をとがめる。入ってきてあたり一帯に匂わすように焚きしめた香を広げる袴を几帳に掛けて本当に恰好がつかない。
美貌の貴公子が弾正の弼の職におられる。
大変に見苦しい。宮の中将源頼定は弾正大弼在官中、実際残念に思われた事だ。
(注)弼(ひつ)
一 律令制で、弾正台(だんじょうだい)の次官(すけ)。大・少各1名。
二 奈良時代、紫微中台(しびちゅうだい)の次官。
作品名:私の読む「枕草子」 39段ー45段 作家名:陽高慈雨