陰花寺異聞(同人坩堝撫子1)
一
梅雨初めの煙るが如き雨をやり過ごさんと百段余りの石段を駆け登りつ。息上がり冷たき雨に感じ入る暇なし。覚えず寄り掛かりたる山門のじくじくに滑鯨の五つ、六など這いずる心地し、「不吉」の念にわかに沸き立ちけり。見れば、眼前に無粋なる貼り紙墨痕鮮やかなる達筆にて曰く「当寺拝観一切禁」と。(中略)
あちらが紫陽花寺なればこちらは萼紫陽花と植えも植えたり二万有余株。八重の花弁を持てぬ萼紫陽花のぬれそぼる風情そこはかなし。陰花の契り結びたる者の密詣次第に増え通名「陰花寺」と称す。ついに第7代住職「陰花萼世恩菩薩」なる秘仏建立せしと聞こえたり。霊験新たかなる秘仏御開帳の奇祭は60年に一度とかや。されどこれなる奇祭を見し者古今一人だに無しと。(後略) (全国宗門訪帳より「萼紫陽花寺」 一部抜粋)
作品名:陰花寺異聞(同人坩堝撫子1) 作家名:みやこたまち