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漢字一文字の旅  紫式部市民文化特別賞受賞作品

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5―6 【桜】

 【桜】、元は【櫻】で、「木」と「嬰」(えい)の組み合わせ。
 この「嬰」、その由来は貝二つを女が首飾りにしたところからだとか。

 しかし、これではわかりにくい。
  【櫻】は、二階(貝)の女が気(木)にかかる。
  【桜】は、ツののはえた女が気(木)にかかる。
 こんな解釈もあり、こちらの方が納得し易い。

 そんな【桜】を愛でて楽しむのが、花見。
 時は今から約400年前のこと。
 豊臣秀吉・62歳は伏見城から出て、その亡くなる年に、盛大に「醍醐の花見」を執り行った。

 その時の女性たちの順位は、もちろん本妻の北の政所、ねね(51歳)が一番。その後に側室が続く。

 しかし、これがまた歳が近いためか、実にややこしい。だが、秀吉は悩み抜いて、次のように決めた。

  二番目が、織田信長の姪っ子の茶々、淀殿29歳、なぜなら秀頼を生んだから。
  三番目が、武田元明の正室だった松の丸殿、京極龍子。
  四番目が、織田信長の六女で、三の丸殿。
  五番目が、前田利家とまつの三女の摩阿姫の加賀殿26歳。

 だが、秀吉の危惧した通り文句が噴出した。
 秀吉の杯をまず受けたのが北の政所。ここまでは全員納得、それで良かった。

 しかし、次は誰かと。
 秀吉は自信なかったが、淀殿に杯を渡した。

 そこで、たちまち……「ちょっと、待った!」と。
 松の丸殿、龍子が睨んできて、「なぜ、私が二番じゃないの」と、えらい剣幕。

 当時の常識から行けば、淀殿は秀頼を生んではいたが、格式は京極家の松の丸の方が上。
 秀吉は、こんな女の争いにただただオロオロするだけ。
 それを……「ちょっとあなたたち、今日は花見よ。楽しくやりなさいよ」と。こう取りなしてくれたのが、利家の妻、まつだったとか。
 これで秀吉は、ホッ!
 こんな女の大喧嘩、しかし、淀殿と龍子の二人はしっかり詠っている。
 しれっと、適当に……秀吉に胡麻擦って。

 淀殿
  『花もまた 君のためにと咲き出でて 世にならびなき 春にあふらし』

 松の丸殿、龍子
  『打群れて みる人からの山櫻 よろづ代までと 色にみえつつ』

 しかし、こんなお姉様たちの様子を見ていた一番年下の、26歳の摩阿姫。その後、続けて詠った。
  『あかず見む 幾春ごとに咲きそふる 深雪の山の 花のさかりを』

 この歌の裏の意味は、「もうやってられないわ、私帰りたいわ。また違う誰かと醍醐の花見に来るわよ」ということらしい。
 その証拠に、この花見の後に、摩阿姫はすぐに側室を辞意しているのだ。

 とにかく、いつの世も女は恐ろしいものなのだ。
 天下を取った秀吉さえコントロールできなかった。

 ツののはえた女が気(木)にかかる。
 【桜】という漢字が、そう教えてくれている。