漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品
5―1 【片】
【片】、これは二つ揃ったものの一方の意味を表す。
「片棒」、「片親」、そして「片田舎」。これほどまでに暗いイメージを与える漢字はない。
そして、その中でも、どこまでも切ないものが――「片思い」。
この「片思い」は、万葉の時代には『片恋』と言われていたようだ。
その『片恋』を、時は今から1300年前、天武天皇の皇子・舎人親王(とねりしんのう)は己の心情を詠んだ。
『ますらをや 片恋せむと 嘆けども 醜(しこ)の ますらを なほ恋ひにけり』
ここで言う「ますらを」は、今で言うイケメンのこと。
そんな男が、簡単に言えば、自分はイケメンだけど、『片恋』をしてしまったと。
それで、みっともないことだが、やっぱり恋しく思ってしまうんだよなあと嘆いているのだ。
若干自信過剰なところはあるが、さすがイケメン。これには返事がちゃんと返ってくる。
相手は舎人娘子(とねりのをとめ)、乳母の娘で幼なじみ。
『嘆きつつ ますらをの この恋ふれこそ 我が結ふ髪の 漬(ひ)ちてぬれけれ』
イケメンのあなたが恋してくださるからこそ、私の結った髪が濡れてほどけてしまったのですよね、って。
人をオチョクるんっじゃないよ!
こんなの『片恋』じゃないじゃないか! と、ついつい僻(ひが)んでしまう。
そして、非常に口惜しいことだが、気付かされる。イケメン男には『片恋』はないのだと。
そこにあるのは、「ますらを」だけへの……女たちからの恋の【片】寄りだけだ、と認めざるを得ないのだ。
作品名:漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品 作家名:鮎風 遊