漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品
21―6 【聖】
【聖】という漢字、「耳」と「口」の下につま先立つ人を横から見た字・「王」が支える。
これにより祝詞を唱え、そして祈り、神のお告げを聞くことができる人のことを【聖】と言うらしい。
さらに、ここから「聖人」という熟語が生まれた。
キリスト教には多くの聖人(せいじん)がいた。
日本にも(しょうにん)と呼ぶが、聖人がいた。それは親鸞聖人(しんらんしょうにん)。
京都伏見の南、醍醐寺に近い山裾に「日野誕生院」がある。小さな寺だが、ここは浄土真宗の聖地。
1173年、親鸞聖人はここで生まれた。そして9歳まで過ごし、その後出家した。
その得度する時に詠った歌がある。
「明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」
うーん、まったくその通りだ!
それにしても、子供ながらにこんな達観したような歌を詠ったのだから……驚きだ。
親鸞はその後比叡山に登り、20年間修行する。
ただ心身の限界を感じたのだろうか、29歳で山を下りる。そして六角堂に通い、夢のお告げを受ける。
「行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽」
うーん、この夢のお告げって、漢字ばっかりで……(^0^;) 汗汗
だけど字からして……「女」に「犯」、そして「臨終」とか、ちょっとヤッベー感じかな。
そこでちょっと調べてみた。
この「夢のお告げ」を簡単にすると。
お坊さんは妻をめとってはならないと禁止されています。しかし、今こそその戒律を破りなさい。私は美しい女性となって、あなたの妻になります。そして一生あなたを支えます。
命果てる時に、生涯が素晴らしいものであったと喜び合い、一緒に極楽浄土に参りましょう。
ブラボー!
こんな夢のお告げを受けてみたい。
もちろん、親鸞はこのお告げに従って、29歳で妻帯する。
その後流罪とかいろいろあったが、35歳で京都を離れ越後へと。そして流罪は解かれ、41歳から家族とともに東国を布教行脚する。
62歳で京都に戻り、89歳で入滅。
【聖】という漢字の意味、それは汚れなく清らかなこと。だが親鸞聖人は肉食妻帯であり、波瀾万丈の人生だった。
しかし、その生き方はどこまでも一途で、人間的な『聖人』であったと言える。
作品名:漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品 作家名:鮎風 遊