漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品
20―1 【夢】
【夢】、それは古代、巫女(みこ)の呪術によってあらわれるものと思われていた。
したがって巫女が祈りをしている形に、「夕」が組み合わさったものだと言われている。
そして鎌倉時代。日常生活の中で、よく夢が売買されていたらしい。
『曽我物語』の二巻に「時政が女の事」という話しがある。
武将・北条時政に三人の娘がいた。
その次女(19歳)がある日、「高い峰に登って、月日を左右の袂(たもと)におさめ、橘(たちばな)の三つなった枝をかざす」、そんな夢を見たと言う。
すなわち──夢の中で、月と太陽を自分の懐に入れてしまったのだ。そして三つの実がなる橘の枝をかんざしにしたと。
次女はこれを凶夢だと思い込み、姉に打ち明けた。その姉貴こそが、後に源頼朝と結婚する北条政子だった。
このお姉さん、その夢は天下を取るような吉夢だと知っていた。
だが、なかなかズッコイところがあり、唐物の鏡、それプラス小袖で、その夢を妹から買い取った。そして自分の夢としてしまった。
現代価値で、多分10万円くらいでお買い上げになったということだろう。
その後の政子、頼朝と駆け落ちし一緒になる。それから尼将軍まで昇り詰め、天下を本当に取ってしまったのだ。
しかし、ここで気になるのが、吉夢を売ってしまった妹、北条保子は?
その後の生涯は一体どうなったのだろうか?
記録によると、後は阿波局(あわのつぼね)と呼ばれたそうだが……。
吉夢を売ってしまい、千載一遇のチャンスを逃し、やっぱり波瀾万丈だったとか。
そして、いつも「なにやら今の世は薄氷を踏むような思いだ」と、こう漏らしていたそうな。
とにかく【夢】……「初夢」、『一富士二鷹三茄子、四扇五煙草六座頭』
これは吉夢だ。
迂闊にも、お年玉と交換しないように。
作品名:漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品 作家名:鮎風 遊