連載小説「六連星(むつらぼし)」 第11話~第15話
「大規模な入札で話題になったのが、被災地のがれき処理だ。
広範囲に津波が押し寄せたために、今でも岩手や宮城、福島の3県で
2270万トンのがれきが残っている。
中でも宮城県のがれきは、1569万トンと大量だ。
県下で最大の被災地になった石巻から、処理業者の選定がはじまった。
8月の下旬から、亘理名取地区でも同じように処理業者が選定される。
気仙沼や、宮城の中部でも、9月をめどに業者の選定をはじめるという。
がれき処理で登場するのが、大手ゼネコンの各社だ。
木材やコンクリート、鉄など、さまざまなものが入り交じっているがれきを
まず人手で、分別しなければならない。
またその先で焼却処理にするか、リサイクルにするかの分別も有る。
そうなってくると、大手のゼネコンの持っている
特殊なノウハウが必要になる。
石巻では、鹿島を中心としたゼネコン9社による共同企業体(JV)が、
がれき処理を一括で受注をした。
焼却のためのプラントを、5基を建設する計画だ。
1日1500トンのがれきを、2年かけて処理をするという予定になっている。
総費用は、軽く見積もっても2000億円を超える。
それ以外にも、4分割して業者を選ぶことになった亘理名取地区では、
西松建設、ハザマ、大林組、フジタといった各JVなどが、
仲よく受注を分け合った。
だがなぁ・・・・かつてない未曾有の被害のために、
最終的な処理費用がいくらかかるのかは、今のところ誰にも見当がつかない。
「最低でもおよそ1兆円。費用がかさめば1兆数千億円になる可能性がある」
と業界では言っている。
瓦礫処理だけでも、実にべらぼうな予算が動くことになる」
「そのための人集めで、おっちゃんが被災地で多忙になるわけなのね。
あれから一年近くが経つと言うのに、東北の被災地は、
まだまだそんな遅れた状態なんだ・・・・
漁港が復興したとか、企業が再生して頑張り始めたとか報道されてるけど
それはまだごく限られた、一部だけの話なんだね」
「まったくその通りだ、響。
それからもうひとつ。絶対的に外せない巨大な復旧事業が東北に
転がっている。
しかもこいつは、30年から40年はかかるだろうと言われている。
きわめて金のかかる、難事業だ。
大金もかかるが人海戦術によるため、きわめて多くの人手を必要とする」
「わかった。福島第一原発の放射能だ。
立ち入り禁止区域で働く人たちを、集める必要が有るんでしょ!」
「驚いたなぁ。いい読みをしている。
水商売なんかをさせておくのはもったいないな、お前さんは。
放射能こそが、被災地の一番の難題だ。
とにかくべらぼうに費用がかかるが、同時に多くの人手と
廃炉のための時間がかかる。
がれきの撤去はもちろん、住民たちが今まで通りに住めるためにするのには、
気の遠くなるような除染作業と、復興なための対策をしなければならん。
いったいいくらかかるのか、誰にも試算が出来ない。
ということは、つまり、そこには・・・・
べらぼうな利権が、転がっていると言うことになる」
「つまり。被災地にはまだまだ金鉱や、宝の山が
眠っていると言うことですね」
「そうだ。その通りだ。
被災地も先のことが見えていないが・・・・うちの娘にも同じことがいえる。
女の子なんて言うのは、嫁にやるためにたっぷり時間をかけて、
手塩にかけて育てるだけの、つまんない生き物だ・・・・
可愛い、可愛いで、あれほどまでに面倒みたやったというのに、
今になったら、ひとりで大きくなったような顔をしている。
お前さんくらい物わかりのいい娘が、俺も欲しかったなぁ。
いいよな。お前さんは、いつも明るいし、元気だし。
こんなどうしょうもない俺にも、いつでも優しくしてくれるもの」
「考え方一つで、世の中は変わると思います。
私だって、普通に哀しいこともあれば、泣きたい時もたくさんあります。
でもその度に、母がいつも私を支えてくれました。
私が落ち込んだり、泣いたりしているといつも母が、
『お前は私にとっては、天からの授かりもので、どうしても産みたかった、
最愛の一滴(ひとしずく)から生まれたんだよ。』
と、そう言って励ましてくれたんです」
「最愛の一滴か・・・・へぇぇ。清子もなかなか上手い事を言うなぁ」
「なんとしてでも産みたかった命が、この私だったそうです。
お母さんが、心の底から最も愛していた人との間で
実を結んだ最愛の結晶です。
お母さんはそのことを、いつも「最愛の一滴」と表現していました。
大河も最初は、ただの水の一滴から生まれます。
あなたにも同じ事が言えますと、いつでも笑って話していました。
『でも、どうあっても迷惑をかけられない相手だから、
あなたが産まれたことは内緒です。その人の分まで私が生命をかけて
守るから、お願いだからあなたは泣かないで』って
いつも言ってくれました。
どうしても欲しくて身ごもり、生まれてきた生命なんだから、
自分を大切にして生きてくださいと、お母さんに言われながら育ちました。
私を実の子供のように可愛がってくれた、置き屋のお母さんにも、
伴久ホテルの若女将にも同じように、そんな風に言われながら、
私は育ってきました」
「お前さん。
今でも父親に逢いたいと本気で思っているのか?・・・・」
「うん。お母さんには申しわけないけど、 私は父に逢ってみたい。
大きくなった響を見せてあげたいし、できたらお父さんに甘えてみたい。
でも、もうひとつ別の理由が有るの。
私が生まれる前に、身を引いてしまったお母さんと去っていたお父さんを、
元に戻してあげたいなどと、実は、余計なことを考えています。
たぶん母はそのために24年間も、一人身を通してきたのだと思います。
一緒に暮せたら、素敵だなと思います。
でもそれって現実には、とても怖い話です。
別れた父が、別の家庭をもっていたらどうしょう。
私や母のことなどは忘れて、別の人生を生きていたらどうしょう。
逢いたい気持ちとは裏腹に、最近は、そんな心配ばかりをしています。
もう昔のお父さんではなくなっていて、お母さんを
がっかりさせたらどうしょうと。そんなことばかり考えています。
でもね母も、実は・・・・ひとりでも寂しがっているんです」
「そうかぁ・・・・良い子だなぁ、お前さんて子は」
「あら。お嬢さんも、きっとそんな風に考えていると思います。
母親は、んなそうやって、我が子を育てるそうです。
ちゃんと父親の愛情も受け止められるように、おさないうちから
しっかりと日々の暮らしを通して、躾(しつけ)をするそうです。
そのことも母から、事あるごとに良く聞かされてきました」
「そうか・・・・今日は、どうやら呑みすぎたようだ。
帰るぞ、トシ。 急に、娘の顔が見たくなってきた。
早めに帰ったところで、どうせ、邪魔にされるのがオチだろうが、
それでもやっぱり顔が見たくなってきた。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 第11話~第15話 作家名:落合順平