ドラゴンの涙(1)
プロローグ
洞窟内でも最も奥まった場所に、その部屋は設けられていた。
その部屋は誰もが入れる場所というわけではない。
限られた者、盗賊ギルド団『疾風』のリーダー及び、彼が唯一信頼しているたった1人の男だけである。
しかし、今、その2人はこの洞窟を不在にしていた。別の国の、別の基地としている場所に、今朝ほどから部下たちを引き連れて出発している。暫くは、そこで活動を繰り広げる予定だった。
本来ならば、彼女も彼らと共に、移動するはずであった。
いや、確かに、途中までは一緒に行動を共にしていたのだ。が、彼女は途中で引き返した。この機会を逃せば、永遠にあの『地図』を手に入れることが出来ぬだろうから。
彼女が盗賊ギルド団『疾風』に入ったのも、実のところ『地図』が目的だった。
この世界で最も敬愛されている『太陽神ウルス』が創ったとされている秘宝の在り処が載せられている、と伝えられている。
それが事実であるかどうかは兎も角、彼女にはその秘宝を手に入れなければならない理由があった。
元々は彼女の家に代々伝わるものであり、過去、何者かの手によって盗まれたのである。
それがきっかけとなったかどうかは不明だが、その後、彼女の家は没落の一途を辿り、彼女の祖父母たちは酷い時は物乞いの生活を送っている時期もあった。幸いだったのは、彼女の母親がある王国の城でメイドの職に就く事が出来たことだった。王も王妃も誰に対しても分け隔てなく接してくれ、彼女の母親に対しても、彼女の育ち云々は問わずに、彼女の性格と勤務態度で色々な面を判断してくれていた。彼女に対してもそれは同じで、彼女自身も母親と同じようにこの城の中で、メイドとして暮らすのであろうと思われた。実際、それでも構わないと思っていた。
だが、ある日、この盗賊ギルド団の噂を聞いた。
王族や貴族、更に豊かな商人たちの家に入り込んでは、盗みを働き、それらを闇取引で売り捌いている輩であることを。そして、彼らの内の1人が、代々伝わる秘宝を盗んだらしい、と。
それは、まさに青天の霹靂とも言える情報だった。
祖父母も、母親も、その秘宝をなんとか取り戻そうとしていたものの、全く情報を掴むことすら出来ずにいたのだ。
天命だと思った。
彼女の手で、それを取り戻すことが。
そう心に決めた瞬間、彼女は行動に移した。
勿論、誰にも言わなかった。こんなこと、言えるはずもない。
彼女は1人城を抜け出すと、ギルド団のメンバーになった。
彼らの信頼を得るため、人殺し以外の汚いことは、何でもやってきた。
その甲斐あってかどうなのか、彼女はリーダーにも会えるほどの地位にまで昇り詰めることも出来た。
そうして、漸くのこと、この場所に秘宝の隠し場所である『地図』があるらしいことまで探り出した。
『太陽神ウルス』は彼女のことを決して見放さなかったということであろう。
ウルスに感謝しつつ、彼女は漸く辿り着いた室内に入り込んだ。
洞窟内は湿気が充満し、嫌な汗をかかざるを得なかったが、この部屋だけはどういう構造になっているのか、しっかりとした換気が行われているようで、湿気どころか、空気にすら澱みを感じさせない。
彼女は大きく息を吸い込んだ。
外の空気よりも澄んでいる。呼吸も楽だ。だが、それだけ、ここに大切なものが保管されているということになるだろう。ギルド団のメンバーによって盗まれたものは、全て別の場所に置かれていることからも、そう判断出来た。
部屋の中を一通り、見回す。
大して物は置かれていない。これならば、すぐに見つかるだろう。
そう踏んだ彼女は、部屋の中心にあったテーブルの上に持っていたランプを置くと、すぐに捜索にかかった。
出入り口近くから始め、徐々に室内の奥の方へと向かっていく。
予測したようには、中々見つからなかった。
時間ばかりが刻々と過ぎていく。
が、彼女は諦めなかった。なんとしてでも、それを手に入れなければならなかった。母親に楽な暮らしをさせてやる為にも。
ふと部屋の隅の方に、多くの巻物が詰まった樽が置かれていることに気づいた。
もしや、と思い、彼女はそこに近づいていく。
樽には無造作に詰め込まれており、それぞれの巻物が何を意味しているのかも、見当がつかない。だからといって、ひとつひとつ見ていくには時間がない。全員がリーダーについていったわけではない。残っている者もいるのだ。いつ見つかってしまうとも限らない。
彼女はいっぺんに巻物を引き抜いたかと思うと、床の上にいっせいにそれを広げた。
何度かそれを繰り返す。
地図らしいものも幾つか見つかったが、どれも秘宝の在り処を示しているようには思えなかった。
次第に、彼女は焦り始める。
実はここには存在していないのではないか、と。
彼女は再び室内中を見回した後で、樽の底に、小さな紙片が一枚残っていることに気づいた。
腕を伸ばして、それを取る。
形のいい眉が寄せられた。
地図のようであったが、意味不明の言語が並べられ、彼女には読むことが出来ない。古代語のようであるらしいことだけは判ったが、それ以上、解読するのは不可能だった。
「っ!?」
が、文字の最後に描かれていた絵を見た瞬間、まさしくこれこそが彼女が探し求めていたものであることが判った。
地図も文字も全て薄汚れていたが、その絵だけは青々とした色が濃く残り、それが重要なものであることを示していた。
これに、間違いない。
彼女はそう結論づけたかと思うと、綺麗に4枚に畳んだかと思うと、懐に仕舞い込んだ。
自分が荒らしたことがバレないように、室内を入ってきたのと同じように片付けると、来た時と同じように音もなくその部屋から退室していく。
自然と顔が綻ぶ。
これで漸く、自分と母とはまともな生活を送ることが出来る。
そう思うと、足も浮き足だってくる。
が、ここで気を抜くわけにはいかなかった。
このままこの盗賊ギルド団の中にいるわけにはいかない。
逃げ出さなければ。
決断を出した彼女の行動は早かった。
目にも止まらぬ速度で、洞窟を抜け出す。
誰にも見咎められることはなかったはずだった。
それから、数日間は、何事もなく彼女は無事に過ごすことが出来たから。
だが、しかし―――。