連載小説「六連星(むつらぼし)」 1話~5話
「よく解ってんじゃねえかお前、自分の性格のことが。
だがなあ、俺や、そのあたりに居る不良どもが、お前の父親ではなさそうだ。
盆や暮れになると湯西川に、可愛いお前に会いたくて通ったもんだ。
清子のやつは宴席には顔を見せたものの、いくら頼み込んでも
肝心のお前さんには、一度も合わせてもらえなかった。
それくらい世間の目から隠しながら、お前さんを育てていたようだ。
宇都宮で遭遇したのは、まさにたまたまの出来事だったんだろう
お前も嬉しそうだったが、一緒に歩いていた清子はもっと嬉しそうだった。
地元では、大手を振って一緒に出歩くこともできなかっただろう。
そんな心配から解放されて、清子も母親の顔をして嬉しそうに歩いていた。
もちろん、お前さんも明るく有頂天にはしゃいでいた。
本当にあんときのお前は、涙が出るほど可愛かったし、別嬪だった。
母親の顔をしていた清子も、実に良い女に見えた。
それがなぁ。家出をしたあげく、こんな錆びれて古ぼけた蕎麦屋で
アルバイトなんぞをしているなんて、清子が・・・・あまりにも可哀そうだ」
「悪かったなあ、こんな錆びて古びた蕎麦屋で」
くわえ煙草の俊彦が、テーブルにドンとビール瓶を置いて不機嫌に立ち去る。
そんな俊彦の背中を目で追い掛けていた岡本が、突然、古い記憶を思い出す。
「そう言えばトシ、お前。
板前修業のふりだしは、たしか湯西川の伴久ホテルだったよなぁ。
会わなかったのかよ、その頃、芸者修行をしていた清ちゃんに」
「おいおい、もう25年以上も前の話だぜ。
湯西川には1年と少し居ただけで、あとは外房のホテルや旅館を
転々としていた。
そのことは岡本だって、良く知っているだろう。
だいいち響、お前はいくつだ。
そういえば、今まで歳を聞いていなかったが。お前は、何歳なんだ?」
「・・・・こんどの誕生日が来ると、21歳になります」
「そらみろ、時代がずれている。
そのくらいの時なら、俺が外房で交通事故を起こして、
入院をしていた時期だ。
それがきっかけになって、桐生に舞い戻ってくることになったんだがな。
そん時に一度だけ清ちゃんが、はるばると見舞いに来てくれたことが有るが
まさかなぁ・・・あの時に・・・・いいや、そんなはずはねぇ。
俺の思いすごしだ。ただの独りごとだ。何でもねぇ」
「やっぱりなんかあったのかよ、トシ?」
「いや、俺と清ちゃんは、ただの親しい同級生だ。
芸妓の慰安旅行だかのついでに、訪ねて来たような記憶が有るが、
ただそれだけだ。
別に何もなかったさ、清ちゃんとは。
昔過ぎて、もうはっきりと覚えていねえ。古い話だ」
(25年前に、トシさんと会うために母が房総へ行った?。
初めて聞きました)初めて聞いた話に、響の瞳が、一瞬だけ光る。
だが俊彦はそのまま、「もう忘れたよ」と言い捨てて厨房へ消えて行く。
岡本は若い連中に、新しいビールを注いでもらっている。
表からドタバタと聞こえてきた物音は、戻ってきた英治の足音かもしれない。
6話へつづく
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 1話~5話 作家名:落合順平