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交響楽(シンフォニー)

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1.久美子の妊娠



私の許にさくらが来てから、私の周りは本当ににぎやかになった。それはあの坪内高広の妹、(笹本)久美子の家族との交流だった。

久美子には6人の子どもがいる。私と結婚した頃は、丁度4番目の翔真(しょうま)が生まれる前で、その頃には一番上の娘初羽(ういは)が第二の母としてまだまだ小さい弟たちを面倒みれるようになっていたから、それほどでもなかったのかもしれないが、それまで一人気楽に暮らしてきた私にとっては、かなり騒がしく忙しいと感じられた。

さくら自身も看護師という職業柄、人の面倒を見るのは嫌いではない。ましてやかつての恋人高広の血を受け継ぐ者となれば、その思いも一入だろう。当然のようにさくらは笹本家の子育てに係わり、さくらの夫となった私も同じように彼らの中組み入れられた格好となった。

久美子が6人もの子供を儲けた訳…それも兄高広からだった。

久美子は高広が亡くなった直後、当時付き合っていた笹本智也に子どもが欲しいと泣いたそうだ。実際には、
『私、お兄ちゃんをもう一度産みたい。』
だったそうだが、智也は戸惑いながらも結局は久美子を抱き、彼女は希望通り身籠った。

しかし、この時智也18歳、久美子17歳。共にまだ高校生。双方の親、特に笹本家側がそれを許す訳はなかった。



大学に行かず、就職して子供を育てると言い切った智也に彼の両親は激怒した。
「あなたは智也の一生を台無しにする気なの!!」
彼の母はそう言って久美子に詰め寄った。それを聞いた坪内家の両親は項垂れるしかなかった。高広がもし同じ立場に立たされたら…特に息子の恋人−つまり、現在の私の妻さくらだが−は息子よりは年上だったから、もしそうなればもっと辛辣な言葉で彼女を罵倒したかもしれない。久美子の母はその時、そう考えていたそうだ。

「…良いです…私、一人でだって育てますから…」
「子どもが子どもを育てるなんて無理ですよ。」
真っ赤に泣きはらした目で、久美子はそれでもぎっと子どもの父親を産んだ女性を睨み据えて言った。それを智也の母は鼻で笑った。そして彼女は堕胎を勧めた。

だが、それまで黙っていた久美子の父がそれに咬み付いた。
「あなたそれでも母親ですか!それじゃ、何ですか?あなたは親に言われたからって智也君を捨てられるんですか?!それにお腹の子どもは久美子だけの子どもじゃない、智也君の子どもでもあるんだ。あなたの血も受け継いでるんですよ。それをよくも殺せだなんて言えるもんです。」
「べ、別に殺せだなんて…」
堕胎を殺人だと言われて、智也の母が少し怯んだ。
「同じじゃないですか。智也君だって、お兄さんの潤也君だってあなたが十ヶ月間育んできて生まれた命でしょう。」
「だけどそれは…ちゃんと生活基盤をした上でのことですわ。あの子たちはまだ高校生ですよ。意味が違います。」
しかし、なお折れずにそう言った智也の母の言葉を聞くと久美子の父は立ちあがり、坪内家のリビングから玄関につながる扉を開いて、彼らを外へと手招きし、
「そうですか、解かりました。じゃぁ、もうお引き取りください。娘とその子は私たちが全て面倒看ますから。あなた方の手を煩わせるようなことは一切しません。と言うか、関わっていただきたくない。それでよろしいですか。」
と強い口調で言った。
「それを聞いて安心しましたわ。」
それを聞いた智也の母は、少しばつの悪そうな表情をしながらも、ホッとした様子で立ちあがった。
「ちょ、ちょっとお袋!俺は久美子と一緒に居たいんだ。勝手に決めてしまうなよ!!」
母親のその言葉を聞いた智也が母の二の腕をつかんで咬み付く。
「それじゃぁ坪内さん、よろしくお願いします。」
妻に続いて智也の父も立ちあがり、そう言って玄関を目指した。
「お、親父まで!ちょっと待ってくれよ!!」
そんな両親の態度に激昂する智也に、久美子の父は優しく肩に手を置いて、
「智也君、私も君の将来をつぶすような真似はしたくないんだ。やらなきゃならないことをちゃんとやって、それでも久美子と一緒にやっていきたいと思うのなら、その時に迎えに来てくれ。」
と言ったのだった。
「お義父さん…解かりました。今日は俺、帰ります。」
そう言うと唇を噛みしめ、智也もまた両親に続いて玄関に向かった。