あなたとロマンス2
流れるような仕草でピアノを弾く彼女の姿は、やはり美しかった。
崇高な絵画はキャンバスの前に立ち見る時、距離の空間を埋めるべくオーラが立ち上がる。彼女の演奏もそれに近く、絵画とはまた違ったオーラに触れることが出来そうだった。聴覚と視覚を包む浮遊感が気持ちいいのだ。
夢中で弾いているのだろうか、その世界に没頭しているのであろうか、今日の彼女は僕の存在に気がつかないようでいた。静かな住宅街に彼女の感情を押し出したピアノの音が流れる。
クライマックスを迎え曲が終わった。一瞬の静けさ。
木々の葉を揺らす風の音が拍手のようだ。
ゆっくりとこちらを見た彼女は昨日とは違った警戒感のない顔でニッコリ笑った。
そして立ち上がると昨日と同じように窓際に歩いて来て、僕に声をかけた。
「また、いらしたのね。先程からわかってましたわ」
「こんにちは、あ~気づいてたんですか。すいません、また聞きたくて来ちゃいました」
「お近くの方なの」
「はい。まあ近くといえば近くです。でもこの通りはあまり通りません」
「どうだったかしら、今日の演奏は?」クスッと笑い、素人の僕に感想を求めてきた。
「・・・美しかったです・・・あれ、おかしいかなこんな表現」僕も照れ笑いで言葉を返す。
「いえ、うれしいです。褒められるのは子供の時から好きなの」
「ほめられて伸びる子だったんだ」
「そう・・・」彼女は、昨日と同じく口元に手を当てて笑う。彼女の癖なのだろう。
「今日はお仕事ですか?」彼女が聞いてきた。
「いえ、ただぶらぶらと・・」実はあなたに会いたくて来たんだとは言えなかった。
少し会話が途切れた時、昨日にも増して爽やかな風が吹いてきた。秋が来る前のまだ緑をたくさん残した葉々を、風が揺らしさわさわと音を立てる。まだ高い位置にある太陽が繁る葉をすり抜けて歩道に陽を落とす。
昼下がりの静かな住宅街で僕はロミオとジュリエットのように窓際の彼女に向かって、愛をささやいてるようだった。
「もし、よかったら、近くでお茶でもしませんか」勇気を出して言ってみた。
ほんの2・3秒なのだろうけれども心臓がピアノの高い所のキーをたたいたようだった
「・・・・そうね・・・たまには外に出ないとね。いいわ・・」
いきなりの誘いで断られるのも覚悟だったが、彼女の笑顔の許諾に心がほっとした。
「5分ぐらい待ってくれます?」
「ええ、いいですよ。何時間でもお待ちしますお姫様」
「お姫様?」
「ほら、窓越しでロミオとジュリエットみたいだから・・・」
「ふふふ、あなたって面白い人ね、じゃ、ちょっと・・」
そういうと彼女は窓を閉めカーテンを引いた。
僕は9月の風の中で少年みたいにポケットに手を入れて待ち、初恋の高鳴りに似た心臓の鼓動を感じた。足元を見ると彼女のショパンの曲に合わせたように木漏れ日がゆっくり揺れていた。
(完)