あなたとロマンス2
「エリの物語」
横浜の海は夜が似合う海だ。
埠頭のライトが波間に揺らめき、いくつもの光が星のように見える。
エリの行きつけの店は海のそばにあった。
薄暗い地下階段を降りると古い汚い重い扉のある店だった。
「このばか重い扉 なんとかしてくれないかな~ もう~」
エリは扉に悪態をつきながら肩で押すように店内に入っていった。
このライブハウスはエリの彼氏、圭介のミュージシャンとしての足掛かりを作ってくれた店だ。
圭介50歳、ブルース好きの中年に人気があった。
メジャーでないが通好みのファンでライブハウスを満員にできる力があった。
結婚はまだしていない。
エリとはかれこれ8年付き合ってる。
20年前から彼のファンだったエリは数多くの彼の女のひとりとなり、やがて年齢とともに彼の女達は去り今はエリだけが彼の女になっていた。
生き残ったのか圭介が選んでそうなったのかはわからない。
だけど女性のファンが減るにつれ、男のファンが増えていった。
そんな圭介にエリは去年、結婚を迫ったんだけど
「ミュージシャンの俺には家庭は似合わないし 今のままでいい」と
そっけなく断られた。
ズルズルの付き合いで、ここまで来てしまったのは自分の自由奔放さも原因があるし、何より圭介の才能を壊したくなかったからだ。
彼の憂いのあるハスキーボイスや鳴くようなギターは、決して安定した生活からは生まれてこないことをわかっている。
お互い邪魔をしないという関係がここ何年か続いていた。
今夜は圭介のバースディライブだ。
店の中はタバコの煙と大人たちの熱気でむんむんとしていた。
「エリちゃん 今日の圭介のってるね」と顔見知りの常連が声をかけてきた。
エリと圭介が長年付き合ってるのは常連の間では知れていた。
みんな落ち着きのある大人で今夜は大いに遊びに来ましたという感じだ。
圭介に求めるのはなんだろう・・エリは時々考えることがある。
この歳になると安定した会社でまじめに働いてる人を羨む時がある。
でもミュージシャンに安定を求めるのはおかしいに決まってる。
46歳にもなると幸せな新婚とか言う形はいらないけど、手を伸ばせば毎日触れ合える距離に誰かがいてほしい。
明日の事とか何気ない話に、すぐ返答してくれるような相手が欲しかった。