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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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「CMUが動いたよ。“the Witch”の企みを知ってたみたいだね、どこまでかは分からないけど」
「知っていたとするなら、全部だろうな」
「どういうこと?」
「知る必要はないし、話す義務もない」
「嫌な男」
「よく言われる。ここから出してくれ」
「ダメだね。気付いてると思うけどさ、ここは外界から隔絶された空間。あたしの役目はあんたを守ることじゃなくて、ここであんたを守ること。外に出すことはできない」
 外界から隔絶された空間。これは、大英博物館前でソフィアと佐佑が初めて対峙した際に作り出した異界空間、“肉体と精神の狭間の世界”に酷似したものだ。
「だから頼んでいる。大気魔力≪マナ≫を吸収できないこの場所では、回復が見込めないのだ」
「切羽詰ってるみたいだね……でも、ダメ。あんたの左腕が腐れ落ちたとしても、あたしの知ったことじゃない」
 鋭い眼光からは、不退転の意思が発せられていた。
 だが佐佑は、それをするりとかわす。
「じゃ、名前を教えてくれ。話し難くて仕方が無い」
「それもゴメンだね。あんたが言霊使いだってことは知ってる」
「手の内が知れ渡っているとなると、やり難いことこの上ない」
「知ってるのはあたしだけだよ」
「ほう」
 佐佑の言葉に秘められた、ほんの僅かな機微。
「野暮な真似は止しな。この空間は完全に隔絶されてるんだよ。空間を開けるのはあたしだけ。あたしが死ねば、永遠に隔絶されたまま。或いは、空間ごと消滅しちゃうかもね」
 時間の流れが現実世界と同じであるこの空間は、佐佑が作り出せる異界空間とは似て非なるものだ。例えるなら、分厚い隔壁で覆われた地下シェルター。更に、その所在を探知させないステルス飛行機でもある。
「試してみようか」
「脅しは効かないよ。あんたは果たすべき使命を抱えてる。あたしは、何の未練も無いアルコール中毒の女。死んだあとの世の中がどうなろうと、知ったこっちゃないよ」
「そんな悲しいことを言うもんじゃない」
「あたしには悲しくないんだよ」
 佐佑は、動く右手を上げて、肩をすくめた。
「そいつはお手上げだな」
「分かったら、さっさと食いな。案外イケるもんだよ」
「俺の口には合わないんだ。他に食べ物は無いのか?」
「一度空間を閉めてしまうと、誰であっても出入りはできない。術者のあたしでもね。あたしもここから出るためには空間を開くしかない。今のあんたは満足に気配も消せないだろ? 空間を開いた瞬間に探知される。先に言っておくけど、あたしには戦闘能力なんかないからね。買出しにも行けないのさ」
「だから、日持ちする缶詰なのか」
「そういうこと。納得したかい?」
 佐佑は口の端をつり上げ、フ、と笑った。
「それが本当ならな」
「どういう意味?」
「本当に完全に隔絶されているのなら、どうやって外の情報を得た?」
「……嫌な男」
「さて、どっちが嘘だ?」
「こうしましょう。あんたはあたしにあの夜のことを話す。あたしはあんたを外に出す。交換条件よ」
「いいのか?」
「守られる意思を持っていない対象を守ったりはしないの」
「それで、聞いてどうする? あぁ、すまん。詮索は無しだったな」
 佐佑は、取って付けたように加え、ニヤリと笑う。
「どうもしない。ただ“Gladius”って男に興味があるってだけ」
「いいさ、話してやろう」
 佐佑は刻刻と話し始めた。
 ソフィアと二人でヨークにあるリンダの屋敷を訪れたこと。地下に縛られていたイングウェイの残留思念、陸軍特殊部隊の襲撃、ロンドンに戻る列車内でのイグニスとの遭遇。そして、ナットウエスト・タワー屋上での霧魔ミラビリスとの戦い。ソフィアに憑いていた半人半魔の存在とその正体。
「やっぱりあんただったんだね、あの雷。あたしは思わず見惚れちまったよ。夜空を切り裂く“Eight Lightning Swords”」
「……それは光栄だな」
「じゃ、約束通り開くけど、準備はいいかい?」
「待ってくれ。食うものを食ってしまう。少しでも栄養が必要だ。この際、味の贅沢は言ってられないからな」
 佐佑は、今まで全く手を付けていなかった缶詰の中身を、手当たり次第に見境なく口へと詰め込み始めた。
 女は唖然とその様子を見守っていた。
「この近所に花屋はないかな?」
 次々と缶詰を空にしながら、佐佑は女に尋ねた。まるで道行く人に尋ねるように。
「花屋?」
「俺は植物を武器化して戦う」
「なるほどね。“南”の大通りに出たら、すぐに大きなお店が見えるよ」
 女が言い終わると同時に、ぴたり、と佐佑の動きが止まる。そして、次の瞬間には苦悶の表情を浮かべ、右手で胸を叩き始めた。
「なんだい、詰まらせたのかい?」
 佐佑は女が持っている酒瓶を求めて手を伸ばし、女は失笑と共に酒瓶を投げ渡した。
 酒瓶を受け取った佐佑は、喉を鳴らして酒を呷り、そのまま飲み干した。
「ふぅ。これで準備は整った」
「もういいんだね? さっきも言ったけど、あたしには戦闘能力がない。だから、ここを出たあとは一緒に行動なんてしないよ」
 佐佑は無言で頷く。
「じゃ、開くよ」
 女は立ち上がり、ノブを回して扉を開いた。ただそれだけで空間の隔絶が解除される。
 淀んでいた空気が一瞬にして入れ替わったような感覚。例えるならば、満員電車の車内から駅のプラットホームへと降り立った瞬間の開放感。
 佐佑はその場を動かずに目を閉じて、深呼吸を繰り返した。
「あたしはこれで。上手くいくといいね」
「残念だが――」
 佐佑が突き出した右手から、数筋の濃い緑色をした紐状の――と呼ぶには太い――物体が、勢い良く飛び出した。
「ッ!?」
 声を上げる間もなく絡め取られた女は、ただただ目を白黒させるばかり。
「恩を仇で返すような真似はしたくなかったのだが、明らかに敵だと分かった以上、このまま行かせることはできない」
 佐佑が放った紐状の物体は、植物の蔓。その出所は、ベイクドビーンズに使われていた、蔓性植物であるインゲン豆だ。加工されていても、インゲン豆であることにさえ変わりがなければ、能力の発現と行使の障害とはならない。
「おかげで、裏で糸を引く黒幕が分かった。礼を言う」
 ゆっくりと立ち上がった佐佑は、身動きできない女の前まで歩いた。
「名前が分かっていれば、都合の悪い部分だけを消すこともできたのだが」
 スコッチ・ウイスキーには、大麦麦芽が使われている。大麦の花言葉は“思い出”だ。思い出とは記憶。酒が記憶で、酒瓶は頭となる。
 佐佑は、記憶が詰まった酒瓶を受け取り、それを飲み干した。女は、酒瓶を渡すと同時にその瞬間までのすべての記憶を渡したのだ。
 佐佑は、女の目の前に空の酒瓶を置いた。それを合図として、懇願するように佐佑を見上げていた目が、ゆっくりと閉じられていった。
 完全に閉じられたことを確認した佐佑は、身を翻して狭い路地を“北”へと歩き出した。