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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 ソフィアは、熱い霧の向こうに、爆発的に高まる魔力を感知した。そして次の瞬間、落雷に襲われた。
 天を割る轟音、視界を埋め尽くす雷光。
 それは一瞬の出来事だったが、ソフィアは見事に対応してみせた。
「超純水か」
 姿無き声が、無感情に言い放つ。
「真空の層も作って、絶縁したのよ」
 超純水とは異物を内溶しない“純粋な水”を指す。電気を通さない絶縁体だ。そして真空は、空気中よりも電気が流れやすい。つまり、真空の層で雷の通り道を作り、その道と自分との間に絶縁体である超純水の層を作ったということだ。
 超純水を作るための水を拝借した貯水槽は、原形を留めぬほどに破壊されているが、その何割かはソフィアの手によるものだ。
「あの一瞬で……よくもそこまで」
 姿無き声は、初めて驚嘆の感情をみせた。
 雷には雷の、炎には炎の、それぞれに対する有効な防御方法がある。ただし、それらは特化した防御となるため、異なる特性を持つ攻撃に対してほぼ無防備になってしまうという大きな欠点がある。そのため、魔力による攻撃を受けた際、最初に行う防御行動は、多くの事象に対して効果を発揮する純魔力エネルギーで形成したシールドによる防御となる。戦いに慣れた者は、無意識にこのシールドを展開している。シールドで時間を稼ぎ、その間に相手の攻撃を解析し、改めて特化防御を施す、という手順を踏むのが一般的な防御手法となる。
 シールドは、魔力により発生したあらゆる事象に作用し、減少、中和などの様々な効果を発揮する。シールドを形成する魔力強度が、受けた攻撃のそれよりも圧倒的に多ければ話は別だが、すべてを完全に押さえ込めるわけでもない。それは反対にも言えることで、シールドを形成する魔力強度を圧倒的に超える攻撃を受けた際には、シールドは瞬時に消滅する。シールドの消失は、ほとんどの場合、死を意味する。

 ソフィアを卵型に覆っていた水の膜が、ガラス上を流れ落ちるようにして地面に到達した。
「さっきの雷、クサナギが?」
「“におい”がする。間違いない」
「正直、ショックだわ」
 ソフィアは、近接格闘を得意とする佐佑が、これほどの長射程・高威力の術を持っていた事実に対して、衝撃を受けているのだ。
「そう悲観することもない」
 佐佑が放った雷術・八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)は、ソフィアが展開するシールドを消滅させるだけの威力を持っていた。ソフィアはそれを察知し、
雷に対する特化防御を施した。雷の伝播速度は、およそ秒速百五十キロ。雷であることを目で確認してから判断していたのでは、到底間に合わない。
 咄嗟の判断は、知識ではなく経験からくるものだ。だがソフィアには、その経験が圧倒的に足りていないという事実がある。したがって、ソフィアの反応は天性の資質。才能。本能。決して偶然の産物などではないのだ。
「屋上って聞いて、雷を使うつもりなんだって分かってたから」
 ソフィアは、誰に聞かれたわけでもない質問に答えた。
「何も聞いてないぞ」
「知ってるわ。物言いがクサナギにそっくりね」
「それは強烈な嫌味だな」
 ソフィアは空を見渡した。
 市街地の霧は晴れているが、上空の霧はまだ晴れていない。雲と呼ぶには低く、霧と呼ぶには高い。
「ねぇ、あれは!?」
 ソフィアは東の空を指差した。
 霧の一部が、高く聳えたナットウエスト・タワーに向けて高速で移動している。それが異常な光景であるのは、傍目に見ても理解できる。
「先端に霧魔の本体がいる。ソフィア、撃て」
 ソフィアは、離れた相手を射抜くマジック・ミサイルによる攻撃を得意としている。生まれ持った高い魔力は、規格外の長射程と桁外れの標的認識数を実現した。それはマジック・ミサイルが持つ“絶対命中”の特性と相まって、恐るべき戦闘能力を発揮する。
 マジック・ミサイルは、空気中においてその効果を減衰させることはない。
 物質が持つ熱量・カロリーは、光や音を発することでも減衰するのだが、もともとマジック・ミサイルは物質的な質量を持たない霊子の働きによって発生した事象であるから、物質に与える影響(対物攻撃力)は皆無である。それゆえに、物理的な障壁では防御することはできない。また、マジック・ミサイルは純魔力エネルギーで形成されているため、雷のような特化防御を施すことは不可能であり、その威力を減少させるのは、防御者の魔力強度のみとなる。
「ダメ、遠い」
 ソフィアの表情は険しい。
 マジック・ミサイルには、もう一つ大きな特徴がある。射程内と射程外とでは、“All or Nothing”(全か無か)となる点だ。
 射程内にいた標的が、マジック・ミサイル発射後に射程外に出た場合、マジック・ミサイルは射程ぎりぎりまで標的を追尾し、自身が射程範囲から出た瞬間に消滅する。ただし、通常は高速で発射されるので、この方法による回避は現実的でも実用的でもない。
 射程外にいる標的に対しては、発射すること自体が不可能となる。
 霧魔ミラビリスがいるナットウエスト・タワー上空までは、ソフィアのマジック・ミサイルが持つ最大射程の十倍以上の距離があった。
「だがあの先には“Gladius”がいる。万全ではない状態で、あれほどの雷術を使ったのだ。満足に戦えるはずもない」

 ―― 言われなくても、分かってる!

 ソフィアは口を真一文字に結んだ。
 対物攻撃力を持たせた魔力の“塊”を発射することはできる。それは激しく減衰しながら高速で空気中を移動し、高い威力を保ったままでナットウエスト・タワー上空に到達するだろう。
 ソフィアが躊躇している理由は、着弾のズレを憂慮してのことだ。
 減衰するということは、空気による抵抗を受けるということ。直進しないということ。照準を外すことはなくても、空気抵抗を考慮する必要がないマジック・ミサイルを常用しているソフィアには、空気抵抗が弾道に与える影響を予測できない。距離にして約四千メートル。たった一度でも角度が変われば、無関係な空間を打ち抜くことになるし、タワーに直撃することも考えられる。
「私にどうしろっていうの! クサナギ!」
 ソフィアが躊躇している間に、霧はナットウエスト・タワーの屋上に到達する。
「今やらなければ、仕留める機会を失うぞ!」
「……だからって!」
 絶好の機会であることに疑いは無い。それはソフィアも承知している。
「あいつはミラビリスを討ちに来たのだ、道連れにできるなら本望だろう」
 姿無き声は、佐佑諸共タワー屋上を吹き飛ばせ、と言った。
 ソフィアは思う。
 佐佑は恋人クローディアを人質に取られている。今ここでミラビリスを討ち取れば、クローディアが無事である保障は無い。佐佑本人も承知の上でやっているのだとしても、襲い来る悲しみには耐えられないだろう。それでも佐佑は平気な振りをする。周囲に気を遣わせない程度に悲しみ、周囲に気を遣わせない程度に元気に振る舞う。草薙佐佑がそういう人物であろうことは、付き合いの短いソフィアであっても想像に易い。
 幼いソフィアは、愛の何たるかを知りはしない。だがそれでも、確信があった。

 ―― あの男は、愛しい人を残して死ぬような選択はしない。