剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-
そうこうしているうちに、テロリストのリーダーらしき男がジョーンズの正面に歩み出た。
「これはジョーンズ議員。妙なところでお会いしますな」
ジョーンズはテロリストの言葉に応えようとせず、ただ睨んでいた。
「これで議員の存在が人質全員に印象付けられたわけだ」
佐佑の言葉にクローディアは同意する。
その後、テロリストのリーダーは仲間を連れて階下へと向かった。
現時点で、八階フロアのレストラン内に残るテロリストは三人。最低限の人質を確保し、余分な客は逃がす。それは人質の数が多すぎると掌握できない恐れあるからで、階下へと向かったのは、逃げ遅れた客や望んでホテル内に残った者を探し出すためだ。
残った三人のテロリストは、人質とするレストラン内の客を一列に並ばせ、階下に向かう階段へと移動するように命じた。その中には、ジョーンズ議員も含まれている。
「大丈夫なの?」
クローディアは、佐佑にそっと囁く。
「あぁ、つい先日ブルース・ウィリスの映画を観たばかりだしな」
「何よそれ?」
「ロイ・ロジャースは嫌いじゃない」
人質の列が動き出す刹那、佐佑は両腕を大きく振り上げた。
その両の手から放たれた空を切り裂いて飛ぶ銀の光は、寸分違わずにテロリスト二人の咽元へと突き刺さる。その正体は、料理を救出する際に失敬していた、切り分け用のナイフだ。
間髪入れずに放たれた三本目のナイフは、レストラン内の最後の一人となったテロリストの右肩に刺さる。ナイフが投擲用ではない上に、距離があったために狙いが外れてしまったのだ。
だが、佐佑は微塵も慌てる様子を見せることなく、一列に並ぶ人質たちに向かい、その場に伏せるように、と告げる。
彼が落ち着いているのには、ちゃんとした理由がある。
仕留め損なった三人目のテロリストが持っている銃は“空砲”であり、実弾を発射することは不可能な玩具だ。佐佑は、本物の銃と取り換えていないかどうかをしっかりと観察していたのだ。
佐佑が四本目のナイフを拾って投げようとした瞬間、標的となるはずであった最後の一人は、膝から崩れ落ちて行った。倒れたテロリストの背後から現れた人物に、佐佑は思わず言葉を失う。
背後に忍び寄ったクローディアが、トドメの一撃となる“踵落とし”をお見舞いしていたのだ。
両手でたくし上げていたドレスの裾が、ふわり、と重力に引かれて舞い降りる様子に、その場にいた男たちはすっかり魅了されてしまったのだった。
* * *
「裏に搬入用の専用エレベーターがあります」
いち早く冷静さを取り戻したレストラン従業員の言葉に、我先にと走り出そうとした一般客たちを、両手を広げた佐佑が立ちはだかって制止する。恐怖にも似た有無を言わせぬ威圧感に、一般客たちはパニックになることも許されなかった。
「老人や女性が先ですよね? ジョーンズ議員」
佐佑が呼び掛けたことで、自然とジョーンズに注目が集まる。
その呆然とした姿は、つい先ほどの毅然とした態度でテロリストと対峙していた人物と同一人物であるとはとても思えない。
「下手に騒げば奴らに気付かれる。搬入用エレベーターは大きい。大丈夫、一度に全員が乗れる」
佐佑の言葉で落ち着いた一般客たちは、静かにゆっくりと搬入用エレベーターに乗り込み、無事に脱出を果たした。
「もっとパニックになると思ったのだけれど」
「そうなるのは避けたかった。都合良くユリ科の植物があったんでな、言霊を使った」
「コトダマ?」
オウム返しに訊ねたクローディアだったが、既に佐佑は聞いていない。
「さて、ジョーンズ議員」
佐佑は、げっそりとした表情のまま椅子に腰掛けるジョーンズに向き直る。ジョーンズの視線は定まっておらず、うまく吸えていないのか、呼吸は浅く荒い。
「話してもらおうか」
「ぐ……」
その顔は、私が首謀者です、と書いてある顔だった。
歯を食い縛って佐佑を睨み返す気概を見せたが、それも一瞬のこと。すぐに観念して話し始めた。
「協力すれば、今後一切英国での活動をしない、という約束だった。私は英国の為にやったんだ」
その話の途中、死んだフリをしていたSPたちが次々と起き上がってきたが、彼らは抗う気を持っていなかった。ジョーンズの身の安全を守るためだけに、テロリストと行動を共にする、という選択をせざるを得なかった者たちなのだ。
どのような大義名分があろうとも、テロリストに手を貸した罰は受けねばならない。ロンドンでテロ活動をしなくなったとしても、今回のテロで得た資金が、パリやニューヨークといった世界のどこかで行われるテロ行為の資金源となることに変わりはない。
「最低ね」
クローディアはジョーンズの頬を張った。パシンという乾いた音が響き渡る。
ジョーンズは説得に行くと言い出した。
SPによる再三の制止にも耳を貸そうとせず、階段へ走り去った。SPも背中を追って姿を消したため、レストランフロアには佐佑とクローディアの二人だけが残された。
五分後、階下から一発の銃声が響いてきた。クローディアは咄嗟に顔を背け、更に続く銃声には耳を塞いだ。
そんなクローディアを、佐佑はそっと抱き寄せる。
ジョーンズは、愛国心が強すぎた。それ故に、他国で起こるであろうテロを軽視してしまった。気付いていながらも自身を止められなかったことを恥じ、説得に行くなどという無謀な行動に出てしまったのだ。すべての罪を償うために。それが分かっていたからこそ、佐佑にはジョーンズを止めることができなかった。
佐佑は“その選択は正しかったのか?”などと答えを求めるような真似はしない。今はただ、ジョーンズという男の愛国心に殉じ、この英国でテロという卑劣な行為が行われぬようにするだけだ。
「あとは任せろ」
佐佑はクローディアの髪を掻き分け、彼女の悲しみに震える額にキスをした。
「これはジョーンズ議員。妙なところでお会いしますな」
ジョーンズはテロリストの言葉に応えようとせず、ただ睨んでいた。
「これで議員の存在が人質全員に印象付けられたわけだ」
佐佑の言葉にクローディアは同意する。
その後、テロリストのリーダーは仲間を連れて階下へと向かった。
現時点で、八階フロアのレストラン内に残るテロリストは三人。最低限の人質を確保し、余分な客は逃がす。それは人質の数が多すぎると掌握できない恐れあるからで、階下へと向かったのは、逃げ遅れた客や望んでホテル内に残った者を探し出すためだ。
残った三人のテロリストは、人質とするレストラン内の客を一列に並ばせ、階下に向かう階段へと移動するように命じた。その中には、ジョーンズ議員も含まれている。
「大丈夫なの?」
クローディアは、佐佑にそっと囁く。
「あぁ、つい先日ブルース・ウィリスの映画を観たばかりだしな」
「何よそれ?」
「ロイ・ロジャースは嫌いじゃない」
人質の列が動き出す刹那、佐佑は両腕を大きく振り上げた。
その両の手から放たれた空を切り裂いて飛ぶ銀の光は、寸分違わずにテロリスト二人の咽元へと突き刺さる。その正体は、料理を救出する際に失敬していた、切り分け用のナイフだ。
間髪入れずに放たれた三本目のナイフは、レストラン内の最後の一人となったテロリストの右肩に刺さる。ナイフが投擲用ではない上に、距離があったために狙いが外れてしまったのだ。
だが、佐佑は微塵も慌てる様子を見せることなく、一列に並ぶ人質たちに向かい、その場に伏せるように、と告げる。
彼が落ち着いているのには、ちゃんとした理由がある。
仕留め損なった三人目のテロリストが持っている銃は“空砲”であり、実弾を発射することは不可能な玩具だ。佐佑は、本物の銃と取り換えていないかどうかをしっかりと観察していたのだ。
佐佑が四本目のナイフを拾って投げようとした瞬間、標的となるはずであった最後の一人は、膝から崩れ落ちて行った。倒れたテロリストの背後から現れた人物に、佐佑は思わず言葉を失う。
背後に忍び寄ったクローディアが、トドメの一撃となる“踵落とし”をお見舞いしていたのだ。
両手でたくし上げていたドレスの裾が、ふわり、と重力に引かれて舞い降りる様子に、その場にいた男たちはすっかり魅了されてしまったのだった。
* * *
「裏に搬入用の専用エレベーターがあります」
いち早く冷静さを取り戻したレストラン従業員の言葉に、我先にと走り出そうとした一般客たちを、両手を広げた佐佑が立ちはだかって制止する。恐怖にも似た有無を言わせぬ威圧感に、一般客たちはパニックになることも許されなかった。
「老人や女性が先ですよね? ジョーンズ議員」
佐佑が呼び掛けたことで、自然とジョーンズに注目が集まる。
その呆然とした姿は、つい先ほどの毅然とした態度でテロリストと対峙していた人物と同一人物であるとはとても思えない。
「下手に騒げば奴らに気付かれる。搬入用エレベーターは大きい。大丈夫、一度に全員が乗れる」
佐佑の言葉で落ち着いた一般客たちは、静かにゆっくりと搬入用エレベーターに乗り込み、無事に脱出を果たした。
「もっとパニックになると思ったのだけれど」
「そうなるのは避けたかった。都合良くユリ科の植物があったんでな、言霊を使った」
「コトダマ?」
オウム返しに訊ねたクローディアだったが、既に佐佑は聞いていない。
「さて、ジョーンズ議員」
佐佑は、げっそりとした表情のまま椅子に腰掛けるジョーンズに向き直る。ジョーンズの視線は定まっておらず、うまく吸えていないのか、呼吸は浅く荒い。
「話してもらおうか」
「ぐ……」
その顔は、私が首謀者です、と書いてある顔だった。
歯を食い縛って佐佑を睨み返す気概を見せたが、それも一瞬のこと。すぐに観念して話し始めた。
「協力すれば、今後一切英国での活動をしない、という約束だった。私は英国の為にやったんだ」
その話の途中、死んだフリをしていたSPたちが次々と起き上がってきたが、彼らは抗う気を持っていなかった。ジョーンズの身の安全を守るためだけに、テロリストと行動を共にする、という選択をせざるを得なかった者たちなのだ。
どのような大義名分があろうとも、テロリストに手を貸した罰は受けねばならない。ロンドンでテロ活動をしなくなったとしても、今回のテロで得た資金が、パリやニューヨークといった世界のどこかで行われるテロ行為の資金源となることに変わりはない。
「最低ね」
クローディアはジョーンズの頬を張った。パシンという乾いた音が響き渡る。
ジョーンズは説得に行くと言い出した。
SPによる再三の制止にも耳を貸そうとせず、階段へ走り去った。SPも背中を追って姿を消したため、レストランフロアには佐佑とクローディアの二人だけが残された。
五分後、階下から一発の銃声が響いてきた。クローディアは咄嗟に顔を背け、更に続く銃声には耳を塞いだ。
そんなクローディアを、佐佑はそっと抱き寄せる。
ジョーンズは、愛国心が強すぎた。それ故に、他国で起こるであろうテロを軽視してしまった。気付いていながらも自身を止められなかったことを恥じ、説得に行くなどという無謀な行動に出てしまったのだ。すべての罪を償うために。それが分かっていたからこそ、佐佑にはジョーンズを止めることができなかった。
佐佑は“その選択は正しかったのか?”などと答えを求めるような真似はしない。今はただ、ジョーンズという男の愛国心に殉じ、この英国でテロという卑劣な行為が行われぬようにするだけだ。
「あとは任せろ」
佐佑はクローディアの髪を掻き分け、彼女の悲しみに震える額にキスをした。
作品名:剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】- 作家名:村崎右近