地球年代記 ~カルマ~ 第一話 「ムー大陸の最期」
私は海が好きだ。
ここ「ナイラーク」は、ムー大陸の南にあり、広大な平野と、美しい海を持つ国だ。
私は小さい頃、船乗りだった父親にずいぶんと憧れたものだった。
その父親から、海の彼方には「希望の大地」があると言う話を聞かされて育った。
私も船乗りになりたかったのだが、父親が海で死んでから、母親に泣きつかれて、船乗りになる夢はあきらめた。
私の名はラスキン。ナイラークの南端にあるアミリク水族園で、海洋生物の研究をしている学芸員だ。
一応、大学で講師もしていて、特に鯨の生態についての論文を書いている。
この水族園にある、海と繋がっている巨大なプールには、ありとあらゆる種類の鯨が飼われている。
鯨を観察していて面白いのは、繁殖期を迎えた鯨たちが、自分とは違う毛色の変わった相手に興味を示す事だ。
ほおって置くと、鯨たちは、盛んに毛色の変わった異種と交配をし、亜種を生み出そうとする。
不思議な事に、そんな亜種は決まって生命力が強く、身体能力が高くって、鯨で言うなら美形である事が多い。
生物のDNAとは不思議なものだ。
本能的に自分とは異なる相手を選び、いかなる環境の変化にも対応できる、強靭な生命体を作り出そうとする。
ついこの前まで、この水族園は、たくさんの家族連れや若いカップルでにぎわっていた。
子供たちが、人なつっこく寄って来る子鯨たちの頭を撫でたりして、楽しんで遊んでいたものだ。
だが最近では、客足もすっかり遠のき、水族園は閑散としている。
北隣にある大国「アシュロ」との間で、民族紛争が起きてしまったからだ。
「お前が先に手を出した!」「いや、お前の方が悪い!」と、まるで子供の喧嘩のような有様になっている。
今日もアシュロとの国境付近で、ナイラーク人とアシュロ人が衝突し、数十人の死者が出た、と言うニュースが報道されていた。
なぜ、こんなにも人心が荒んでいるのか?と考えたら、どうも、大陸の地盤が不安定になっているせいではないか?と私は思う。
ここしばらく、ムー大陸ではあちらこちらで地震が起きて、海底火山の噴火や高潮などの海洋異常も見られる。
私は、地殻変動の前触れではないか?と思うのだが、地質学者たちは、一時的な現象に過ぎない、とそれを否定している。
人心が荒れているのも、人が拠って立つ大地が不安定なせいだと思うが、精神心理学者たちは、根拠の無い空論だと馬鹿にする。
私が大プールの前で、鯨たちの観察をしていると、後輩のネオーギンが、大きな買い物袋を抱えてやって来た。
聞けば、新婚間も無いアシュロ人の奥さんが、外に出ると嫌がらせをされるそうで、代わりに自分が買い物をしているのだと言う。
何と町の連中も、心の狭い事だろうか…アシュロ人と言うだけで、関係無い人までがとばっちりを受けている。
だから、私はこんな争い事には反対だ…だが、それを言うと、私までが周りから非国民扱いされる有様なのだ。
昔から、アシュロ人のナショナリストたちは、自分たちは卓越した民族で、ナイラーク人は二階級下の下等な民族だと言って来た。
だが、そんな言い草が「真っ赤な嘘」である事は、まともな教育を受けた人間なら、誰でもが知っている。
有史以来、ムー大陸はおろか、ここから移民した人が住むアトランティス大陸まで、純潔種など一人もいない事を…
長いムー大陸の歴史の中で、どこの民族も他民族との混血が進んで、血が混り合い、今や純潔民族などどこにも存在しないのだ。
誰に吹き込まれたのか…?そんな愚にも着かぬ選民思想の幻想を抱いた者たちが、互いに争い合って血を流している
ほんの一部の過激的な思想を持つ者たちのために、迷惑を蒙っているのは、普通に生活している一般市民なのだ。
しかも、ナイラークとアシュロの混乱をよい事に、漁夫の利を得ようとする者たちまで現れる始末だ。
確かに、広い平野を覆う穀倉地帯と、外洋に面した良港を持つナイラークは、どこの国にとっても魅力的な土地だろう。
同じムー大陸のUEC連邦や、アトランティス大陸にあるカリメアが、利権を伺って来るのも、うなづける話ではある。
だが、政治などより、生物を研究して来た私が思うのは、何と生物のDNAは矛盾した性質を持っているのだろうか?と言う事だ。
一方で、盛んに異種交配を促進し、高度で美形の生命体を作り出すかと思えば、一方では自己のみの繁栄を図り、他の者を排斥しようとする。
そして、そのDNAの性質が、ありとあらゆる争い事の根本原因にもなっているのだ。
人々が口にする思想だのイデオロギーだのと言うものは、単なる後付けの言い訳にしか過ぎない。
現にムー大陸でも、時代ごとに思想やイデオロギーはコロコロ変わり、言わば根無し草のように無意味なものでしか無かった。
そんな頼り無いものを拠りどころにして、誰かに踊らされている人々は哀れと言う他は無い。
そう考えると、しょせん、彼らはDNAに操られている人形でしかないのだろうか?
大陸のあちこちで天変地異による災害が起きているにも関らず、馬鹿げた紛争は拡大の一途をたどった。
そうして、とうとうアシュロ軍は国境を越えてナイラークに侵攻を始め、ナイラーク軍と交戦状態になった。
数の上で優勢なアシュロ軍は、ナイラーク軍を圧倒したが、待ってましたとばかり、UEC連邦とカリメアの連合軍が参戦して来た。
科学力と工業力に勝るUEC連邦とカリメアの連合軍は、最新鋭の兵器を駆使して、一気呵成にアシュロ軍を破って敗走させた。
しかし、追い詰められたアシュロ軍は、とうとう最終兵器である天の火…町を焼き尽くすオリハルコンの火矢を放った。
ナイラークのいくつもの町に降り注いだオリハルコンの火矢は、町を焼き尽くし、数百万人の人々が死んだ。
人が為した愚行に、大陸の神「ムー・バギ」が怒りをあらわにし、大地がグラグラと鳴動し始めた。
私は急いでネオーギンを始め、これまで親しくして来た人々に呼び掛けた。
そうして、私の呼び掛けに応じて集まってくれた人たちを、海洋調査用の筏に乗せた。
白、黒、赤、黄色、様々な人種や民族の人々…彼らは、何処にも属する事の出来ない人たちだった。
いや、アシュロ人の女性と結婚したネオーギンなどは、引裂かれるくらいなら死んだ方がマシだとまで考えている。
これから彼らは、私が父親から聞いた、まぼろしの「希望の大地」を目指して船出をするのだ。
「ラスキン…長い間お世話になりました」ネオーギンが言った。
「あぁ…先行きは険しいと思うが、ハンナをしっかり守ってやってくれ」
「ラスキン先生も、どうかご無事で…」大学で私の教え子だったハンナが言った。
「うん、君もな…無事、新天地にたどり着いたら、いい子を産むんだよ」
ハンナは泣いていた。ネオーギンや他のみんなも泣いていた。
彼らは、これから住み慣れたムー大陸を離れて、伝説だけを頼りに「希望の大地」に向かって旅立つのだ。
どうか無事に「希望の大地」にたどり着いて欲しい…未来は君たちの手の中に必ずあるはずだ。
私は祈るような思いで、岸壁の上から彼らの船出を見送った。
ここ「ナイラーク」は、ムー大陸の南にあり、広大な平野と、美しい海を持つ国だ。
私は小さい頃、船乗りだった父親にずいぶんと憧れたものだった。
その父親から、海の彼方には「希望の大地」があると言う話を聞かされて育った。
私も船乗りになりたかったのだが、父親が海で死んでから、母親に泣きつかれて、船乗りになる夢はあきらめた。
私の名はラスキン。ナイラークの南端にあるアミリク水族園で、海洋生物の研究をしている学芸員だ。
一応、大学で講師もしていて、特に鯨の生態についての論文を書いている。
この水族園にある、海と繋がっている巨大なプールには、ありとあらゆる種類の鯨が飼われている。
鯨を観察していて面白いのは、繁殖期を迎えた鯨たちが、自分とは違う毛色の変わった相手に興味を示す事だ。
ほおって置くと、鯨たちは、盛んに毛色の変わった異種と交配をし、亜種を生み出そうとする。
不思議な事に、そんな亜種は決まって生命力が強く、身体能力が高くって、鯨で言うなら美形である事が多い。
生物のDNAとは不思議なものだ。
本能的に自分とは異なる相手を選び、いかなる環境の変化にも対応できる、強靭な生命体を作り出そうとする。
ついこの前まで、この水族園は、たくさんの家族連れや若いカップルでにぎわっていた。
子供たちが、人なつっこく寄って来る子鯨たちの頭を撫でたりして、楽しんで遊んでいたものだ。
だが最近では、客足もすっかり遠のき、水族園は閑散としている。
北隣にある大国「アシュロ」との間で、民族紛争が起きてしまったからだ。
「お前が先に手を出した!」「いや、お前の方が悪い!」と、まるで子供の喧嘩のような有様になっている。
今日もアシュロとの国境付近で、ナイラーク人とアシュロ人が衝突し、数十人の死者が出た、と言うニュースが報道されていた。
なぜ、こんなにも人心が荒んでいるのか?と考えたら、どうも、大陸の地盤が不安定になっているせいではないか?と私は思う。
ここしばらく、ムー大陸ではあちらこちらで地震が起きて、海底火山の噴火や高潮などの海洋異常も見られる。
私は、地殻変動の前触れではないか?と思うのだが、地質学者たちは、一時的な現象に過ぎない、とそれを否定している。
人心が荒れているのも、人が拠って立つ大地が不安定なせいだと思うが、精神心理学者たちは、根拠の無い空論だと馬鹿にする。
私が大プールの前で、鯨たちの観察をしていると、後輩のネオーギンが、大きな買い物袋を抱えてやって来た。
聞けば、新婚間も無いアシュロ人の奥さんが、外に出ると嫌がらせをされるそうで、代わりに自分が買い物をしているのだと言う。
何と町の連中も、心の狭い事だろうか…アシュロ人と言うだけで、関係無い人までがとばっちりを受けている。
だから、私はこんな争い事には反対だ…だが、それを言うと、私までが周りから非国民扱いされる有様なのだ。
昔から、アシュロ人のナショナリストたちは、自分たちは卓越した民族で、ナイラーク人は二階級下の下等な民族だと言って来た。
だが、そんな言い草が「真っ赤な嘘」である事は、まともな教育を受けた人間なら、誰でもが知っている。
有史以来、ムー大陸はおろか、ここから移民した人が住むアトランティス大陸まで、純潔種など一人もいない事を…
長いムー大陸の歴史の中で、どこの民族も他民族との混血が進んで、血が混り合い、今や純潔民族などどこにも存在しないのだ。
誰に吹き込まれたのか…?そんな愚にも着かぬ選民思想の幻想を抱いた者たちが、互いに争い合って血を流している
ほんの一部の過激的な思想を持つ者たちのために、迷惑を蒙っているのは、普通に生活している一般市民なのだ。
しかも、ナイラークとアシュロの混乱をよい事に、漁夫の利を得ようとする者たちまで現れる始末だ。
確かに、広い平野を覆う穀倉地帯と、外洋に面した良港を持つナイラークは、どこの国にとっても魅力的な土地だろう。
同じムー大陸のUEC連邦や、アトランティス大陸にあるカリメアが、利権を伺って来るのも、うなづける話ではある。
だが、政治などより、生物を研究して来た私が思うのは、何と生物のDNAは矛盾した性質を持っているのだろうか?と言う事だ。
一方で、盛んに異種交配を促進し、高度で美形の生命体を作り出すかと思えば、一方では自己のみの繁栄を図り、他の者を排斥しようとする。
そして、そのDNAの性質が、ありとあらゆる争い事の根本原因にもなっているのだ。
人々が口にする思想だのイデオロギーだのと言うものは、単なる後付けの言い訳にしか過ぎない。
現にムー大陸でも、時代ごとに思想やイデオロギーはコロコロ変わり、言わば根無し草のように無意味なものでしか無かった。
そんな頼り無いものを拠りどころにして、誰かに踊らされている人々は哀れと言う他は無い。
そう考えると、しょせん、彼らはDNAに操られている人形でしかないのだろうか?
大陸のあちこちで天変地異による災害が起きているにも関らず、馬鹿げた紛争は拡大の一途をたどった。
そうして、とうとうアシュロ軍は国境を越えてナイラークに侵攻を始め、ナイラーク軍と交戦状態になった。
数の上で優勢なアシュロ軍は、ナイラーク軍を圧倒したが、待ってましたとばかり、UEC連邦とカリメアの連合軍が参戦して来た。
科学力と工業力に勝るUEC連邦とカリメアの連合軍は、最新鋭の兵器を駆使して、一気呵成にアシュロ軍を破って敗走させた。
しかし、追い詰められたアシュロ軍は、とうとう最終兵器である天の火…町を焼き尽くすオリハルコンの火矢を放った。
ナイラークのいくつもの町に降り注いだオリハルコンの火矢は、町を焼き尽くし、数百万人の人々が死んだ。
人が為した愚行に、大陸の神「ムー・バギ」が怒りをあらわにし、大地がグラグラと鳴動し始めた。
私は急いでネオーギンを始め、これまで親しくして来た人々に呼び掛けた。
そうして、私の呼び掛けに応じて集まってくれた人たちを、海洋調査用の筏に乗せた。
白、黒、赤、黄色、様々な人種や民族の人々…彼らは、何処にも属する事の出来ない人たちだった。
いや、アシュロ人の女性と結婚したネオーギンなどは、引裂かれるくらいなら死んだ方がマシだとまで考えている。
これから彼らは、私が父親から聞いた、まぼろしの「希望の大地」を目指して船出をするのだ。
「ラスキン…長い間お世話になりました」ネオーギンが言った。
「あぁ…先行きは険しいと思うが、ハンナをしっかり守ってやってくれ」
「ラスキン先生も、どうかご無事で…」大学で私の教え子だったハンナが言った。
「うん、君もな…無事、新天地にたどり着いたら、いい子を産むんだよ」
ハンナは泣いていた。ネオーギンや他のみんなも泣いていた。
彼らは、これから住み慣れたムー大陸を離れて、伝説だけを頼りに「希望の大地」に向かって旅立つのだ。
どうか無事に「希望の大地」にたどり着いて欲しい…未来は君たちの手の中に必ずあるはずだ。
私は祈るような思いで、岸壁の上から彼らの船出を見送った。
作品名:地球年代記 ~カルマ~ 第一話 「ムー大陸の最期」 作家名:佐渡 譲