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さくらいろの日々。

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 ゆっきーは目を伏せて笑うと、立ち上がった。わたしもそれにならう。
「キミと友達でよかったなってことだよ」
「全然わからんわ」
「いろいろ気を使ってもらってありがとうゴメンナサイってことだよ」
「――――」
「知らん顔しつづけてるのも骨が折れるだろう?」
「……なんのことだか」
 わたしは肩をすくめる。そう言われたら最後まで知らん顔し続けるしかないじゃないか。
「ちゃんと渡すと言っただろう?」
「……言ったね」
「でもこのまんまじゃ渡せないじゃないか。そうだろう?」
「…………」
 答え難い質問はパスするに限る。三回まではパス可能のはずだから。
 ゆっきーは紙片を握りこんだ側ではない手で屋上へ続く鉄のドアを開けた。外から風が吹き込む。建物の中より外のほうが温かかった。
 そのまま屋上へ出ていくゆっきーについていくと、手すりの向こうのグラウンドに在校生と卒業生と先生たちと保護者が混然となっているのを見下ろすことになる。
 ゆかりんと先輩はすぐに見つかった。グラウンドとバレーコートをわけるイチョウ並木とフェンスのそばに立って何やら楽しげに話している。楽しげにというのは百パーセントわたしの想像で顔までは見えないから雰囲気だけの話だけど、少なくとも別れがたくて泣いてる様子はなかった。  
 しばらくそうやって二人を眺めていると、どうやら視線に気が付いたらしい。先輩とゆかりんがほとんど同時に顔をあげ、こちらを向いた。
 その反応の良さに思わず、おお、とわたしがたじろいでいる間に隣のゆっきーが大きくぶんぶんとあげた腕を振った。最初は横に。そして手招くように前に。
 ゆかりんはちょっとだけなんだろうというように首をかしげたように見えた。けれど迷うことなく校舎のほうへ走ってくる。今日の主役である先輩の手をつないだまま。
「ふふふふーん」
 ゆっきーはわたしを見て笑い、そしてフェンスに振ってた手をかけた。まさか飛び降りるようなヤツだとは思わないが何をするつもりなのだろう。
 二人がちょうど真下に来て、ゆかりんがおーいと声を張り上げながらわたしたちに手を振り返した。先輩は困惑しような照れたような顔でその隣でやっぱりわたしたちを見上げている。
「よっ、と」
 掛け声とともに、ずっと掌に握っていたピンク色のルーズリーフがぱっと空に散った。三枚分の小さく破かれた紙片は最初は思ったほど綺麗に広がらなかったけれど、すぐに吹いてくる春の風に乗ってふわりふわりとグラウンドに舞い落ちる。
 ゆかりんと先輩の上に。たくさんの卒業生たちの上に。そんなにたくさんの量ではないけれど、まるで卒業生を祝福するせっかちな桜の花びらみたいだった。
 卒業生ではないくせにゆかりんはぱあっと嬉しそうに顔を輝かせている。きっと花弁の正体には気が付いてないと思う。
 先輩は雪を受ける時のように指をのばしたけれど、気まぐれな風はそこまで紙片を運ばなかった。
「ね?」
 さらりと長い黒髪が揺れた。何の同意を求められたのかわからないので、二度目のパス。
「ふう」
 一仕事終えたとでも言うようにゆっきーは大仰に息を吐きフェンスに両肘をつくようにもたれた。
 何か成し遂げたみたいな顔をしてるけど、君はなんにもしてないぞ。そう突っ込むのは簡単だけれど、考えた末に他の話をした。
「……いいけどさ、これ、後で先生に怒られんじゃね?」
「ふふ」
 ゆっきーはにやりと人の悪い笑みを唇に乗せ、わたしの肩に手をおく。
「だから、キミと友達でよかったと言っただろう、さくらさん?」
 返事をする前にバタバタと階段を駆けあがってくる怒りのこもった複数の足音が聞こえて、わたしは軽い眩暈を覚えつつこめかみをおさえた。
 なんて言い返してやろうかと口をぱくぱくさせてみたものの妙に誇らしげなゆっきーの表情に毒気が抜ける。
 そしてゆっきーのそのセリフに対するわたしの返答は、結局 永遠のパス三度目に消えたのだった。
   
作品名:さくらいろの日々。 作家名:真央