このホテリアにこの銃を (上)
11 露見
「イエスかノーか
それだけ答えて」
入ってくるなり
詰め寄った
「ここへ来たのは
乗っ取るため?」
怒りも露わな
声だった
君のその剣幕に
一瞬だけ
度肝を抜かれて
すぐ腑に落ちた
詰問の意味
「詐欺師もいいとこ
よりによって
何で私に
目なんかつけたの?
色恋じかけで
バラや宝石
ちらつかせれば
苦もなく落ちる
女に見えた?
さぞかし内心
笑ってたでしょ」
吐き捨てながら
舌でも
噛み切りそうだった
心のどこかで
恐れてたこと
周りの誰かが
僕の素性を
嗅ぎつけて
とうとう君に
吹きこんだんだね
-君のホテルは
こともあろうに
買収の憂き目に
遭ってる-と
-そして最近
やたらと君に
つきまとってる
ヴィラの客こそ
それを請負った
張本人だ-と
-だとすれば
狙われたホテルの
幹部の一員
しかも女である君が
内々の情報欲しさに
これ幸いと利用された
カモじゃなければ
いったい何だ-と
想像に
難くない
君がたしかに
受けたであろう
いわれのない
そして多分に
悪意に満ちた辱め
このホテルを
乗っ取りに来たこと
否定はしない
そして僕が
この買収の
請負人であるというのも
また事実
でもこれだけは
誓って言う
乗っ取るために
利用したくて
君に近づいた
わけじゃない
心底求めて
君を追って
この国へ来た
ただそれだけ
買収の
話を受けた
ホテルに君が
幸か不幸か
勤めてた
それも
支配人という
肩書で
ただそれだけ
誓って言う
下心あって
近づいたわけじゃ
決してない
単なる不運な
偶然だった
今さら慌てて
言い逃れかと
作り話も
大概にしろと
他人は笑って
嘲るだろう
それも結構
でもジニョン
君にだけは
信じてほしい
君をだまして
利用しようなど
夢にも
考えたことはない
買収ごときに
そんなことまで
必要なら
脅されようと
殺されようと
請け負ったりなど
僕はしない
だけど
血相変えて
問いつめる君は
僕が一歩でも
近づこうものなら
身の毛もよだつと
後ずさりして
こんな弁解
聞く耳なんか
持たなかった
「本心だった
信じてほしい」
かろうじて
口にした一言すら
君の心には
届きもしない
「さすがに詐欺師は
嘘もお上手
感動のあまり
涙が出る」と
蔑むように
皮肉って
怒りに震えて
僕を睨んだ
「ただ純粋に
愛されたなんて
思った私が
馬鹿だった」
絞り出す
君の叫びを
黙って聞くのは
苦痛だった
後から後から
伝う涙を
ぬぐいもしないで
立ち尽くして
自分を責める
君を見るのは
苦痛だった
「こんな小道具
金さえやれば
言うことを聞く
商売女に
あげたらどう?」
叫び終わるか
終わらぬか
極悪人の
胸めがけて
言葉にならない
怒りといっしょに
手にした何かを
叩きつけて
あっという間に
ドアの向こうに
消えた君
静まりかえった
部屋の床には
見覚えのある
くすんだ銀の
光のかたまり
あのネックレスが
まさか
こんなふうに
舞い戻って
こようとは
君に
正体を
隠した報い
今に至るまで
正体を
明かす勇気が
なかった報い
明かす勇気が
くじけるような
胡乱な博打を
始めた報い
君の心を
失うという
ある日
突然やってきた
取り返しの
つかない報い
作品名:このホテリアにこの銃を (上) 作家名:懐拳