電話の中
11 宮
「もしもし」
「やあ。ナイスタイミングだよ。これから病院に行こうと思ってんだ」
「何? 事故にでもあったの? 大丈夫?」」
「事故か。いや、違うな。ちょっとした言葉のあやでね」
「分かんないけど。嘘ってこと」
「本当と嘘の二つだけなら、世の中もっとシンプルなんだろうけどさ」
「本当のことを嘘で隠そうとするから、悲しいことがおこるのよ」
「宮はかわらないね」
「本当に、へんよ。本当に大丈夫なの?」
「ああ。それより荷物の手配は済んだ? あ、写真撮れた?」
「全然近づけなかったよ。すごい火事だったんだね。一応、撮ってみたけど野次馬とかばっかり」
「いいさ。ありがとう」
「郵送すればいい?」
「郵送って。荷物をもってこっちにくるんじゃなかったっけ」
「あ。それは、解除になりました」
「そっか。」
「そう。なんだか、ごめんなさい」
「じゃ、こっちにある分をそっちに送らないといけないんだな」
「私は自分に正直にいきたかっただけなの」
「うん。それが一番大切なことさ」
「素直なのが、一番いいんでしょ?」
「完全に同意するよ」
「だから、そうすることに決めたの」
「じゃ、荷物は手配するから」
「ごめんなさい。どうすればいいか分からなかったし、こわかったし」
「君たちは君たちのすることをした。こっちはこっちで始末するさ。ただ、あとは君の問題だよ」
「本当に、ごめんなさい」
「全くね。あやまるなら、一つ貸しを返してくれる?」
「何? 身体とかいわないよね?」
「写真をメールで送ってもらいたい アドレスは――」
「うん。すぐ送っとく。いろいろありがとう」
「はい。ありがとうね」
室崎は、受話器をおいた。とうとう腐った左耳が受話器にはりついたまま千切れてしまった。
メールを一通見たいだけなのに、セキュリティーがどうとか、アップデートがなんやらとか、なかなか立ち上がらないPCを前に、室崎は苛苛していた。
「写真の転送が済んだら真っ先にこいつを梱包してやろう」
届いたメールを見ると、写真は3枚添付されていた。人だかりの向こうに、かろうじて黒こげの城のような建物が写っていた。なるべく見栄えよくしてやろうと、色調や明度をいじってみた。すると、野次馬の中に、久乃の姿をみつけた。
室崎は、それまでの変更を破棄し、元のままの画像を会社へ送った。その作業を待っていたかのように、電話が鳴った。
室崎は、うめき声をあげながら、電話に近づき、壁から電話線を引き抜いた。そして電話機をつかむとコードでぐるぐる巻きにした。
その後は、室内のものを片っ端からまとめ、ゴミ袋にいれ、梱包をし続けた。宮が置いていった鞄や荷物も、油染みた新聞紙と共に、ゴミ袋へ放り込んだ。
外は薄暗くなっていた。夕焼けすらなかった。ダストボックス近くの街灯は切れていて、その周辺は一層暗く沈んでいた。
ひとしきりの作業が終わり、部屋はほとんど空になった。コンビニで飲み物を買って、ダストボックス脇の、「ルールを守ろう」という張り紙を貼られたソファーに、体を横たえた。
静かだった。時折電話のベルが聞こえたが、それは幻聴だと分かっていた。