小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

秋のような夏の日に

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 


あれっ、この物悲しさは何だ! 朝、私は起きた時から頭の中で繰り返される別れの唄を、その後もいつの間にか声を出さずに歌っているのに気づく。そして懐かしく甘酸っぱいような悲しい気分。私はこの気分の原因を思い起こそうとする。

まだ夏はこれからだというのに、それは夏の終わりの頃を思い出させた。

頭に流れている唄と今日の自分の感情を組み合わせてもそれらしい出来事は思い出されなかった。私は唄を頭から追い払い感覚だけに集中する。しかし、ここ最近悲しい出来事があったわけではなく、特に大きな喜びもなく平凡な毎日をただ積み重ねてきた気がする。

私はなぜかこの物悲しさに浸っていたいような気分になってきた。自分が60を過ぎた男としてセンチメンタル過ぎるのではないかという自嘲もこめて。やがて若かった昔を、うまくいかなかった恋が思い起こされた。

 
亜紀は会社の先輩だった。昼休みなど身体を寄り添うようにして一緒に食事をした。やたらと私を可愛いというのに、反発して強引にキスまでしてしまった。私は亜紀の彼氏になったつもりだった。
しかし亜紀と私が一緒にいても、二人でふざけあっていても、同僚には姉弟のようにしかみられていなかった。そのせいだろうか、同僚は上司と亜紀が一緒に手を組んで歩いているのを見たと私の前で言った。私は信じなかった。

「明日の日曜、どこかへいこうか」
自分の住んでいるアパートの部屋には電話がなかった。住宅街のどこかの公衆電話で私は電話をかけている。
「ううん、だめ予定があるの」
「その次の日曜は」
「同じ」

私はそこで、気づくべきだった。若い私は初めての女性亜紀にのぼせていたのだろう。彼女にこれ以上つき合う気が無いことを知るのが怖かったのかも知れない。近くで犬が吠えだした。私はまだ未練がましく電話を切らない。
「犬、鳴いてるね」
亜紀は話題を変えた。

「ああ、じゃあ、いつだったら会える」
私は依然として未練がましく聞いた。犬がさらに鳴き喚く。私に、もういい加減に諦めろとでもいうように。
「ずうっとダメだと思う」
「えっ、何だって」
私は犬の鳴き声のせいで、その言葉が聞こえなかったと思いたかった。
「私には、まだあなたが子供にみえるの。さようなら、元気でね。」

犬は役目が済んだというように鳴くのを止めた。私は言葉がみつからず「じゃあね」と言って受話器を置く。
私は露地の奥に座っている犬を見た。もう鳴くのをやめて、まるでガンバレヨとでも言っているように、座ってこちらを見ていた。

私はそのまま駅に向かった。今まで暑かったのに今日は急に肌寒く感じた。夏は始まったばかりなのにまるで秋がきたように感じる。私は「小さい秋見つけた、小さい秋見つけた」と小声で歌ってみた。虚しさがおしよせてきて、私は「チェッ」と舌打ちする。亜紀の最後の声を思い出しながら歩いた。こんな時には涙がでるはずじゃあなかったかなとも思った。

涙は出てこない。私は感情がマヒしたような思いのまま歩いた。パチンコ屋に入ると、流行の別れの唄が流れていた。悲しい歌なのに泣けない。私は自分がまだ恋愛で泣くこともできない子供だと知った。



私は窓から曇り空を見上げた。頭の中には、まだ別れの唄のメロディーが流れている。自虐的にも思えるように、まだ私は物悲しさに浸っていたいと思った。

新聞の天気予報では、また明日から暑さが続くという。早く来い暑い暑い日々よ。

(終)

作品名:秋のような夏の日に 作家名:伊達梁川