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レイ ~rey~

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レイ ~rey~





 洗面所で顔を洗う時の鏡が怖い。僕には何か小さな気配が感じられる。けれどそれは本当に感じているものなのか。振り返ったら何かいるんじゃないか。そんなことを一瞬でも感じたら、その瞬間は振り向かず、鏡だけ見る。
 以前は鏡は怖くなかった。気になればすぐ振り返って、それが何かわからないと気がすまないから、ずっと眺めて、やっぱり気のせいだということにして、すぐにもっと気になることを始めてた。けれど今は怖い。なんでだろう。前に比べて、世の中のことがわかってきたからか。自分の保身が強くなったからか。最近は危ないことには見て見ぬふりをして、目を下げて何も見てない聴いてないフリをしている自分も感じる。
 そんなことを考えてしまうのも、今、振り返るのが怖いから、その気持ちを紛らわせたくて大したことのない昔ばなしで今の恐怖を忘れようとしてる。もしも、今、目の前にある鏡に突然背後から何か映ってきたらどうしよう。それはズルイよ。鏡の右下や左下、目線を動かした瞬間に見たくないものを見つけたら、トイレも落ち着いていけなくなるよ。
 僕は家族と一緒に住んでいる。前は家族仲良く、いつもたわむれていたけれど、髭をいつも整えているお父さんも、髪の長さばかり気にしているお母さんも、最近は僕を見ようともしない。目を合わさない。
 やっとさっきまでの恐怖心が無くなってきた。なんだろう、これは怒りのせいかな。悲しみのせいかな。よくわからないけど、怖くは無くなってきた。それは多分、二階から大きな足音を立てて、洗面所を使うためにお父さんが階段を下りてきたからだ。
 僕よりとても大きな体。その大きさに小さいころ僕は、怖くて戸惑った事が何度もあるよ。持ち上げられている時の高さ。楽しいようで、いつも落ちた時の瞬間に、怪我をしないように床を眺めている僕。そんな日々は懐かしく、今日も何も言葉を掛けてくれず、すれ違うだけだね。けれど僕は首が回らなくなるまで背中を追っているんだよ?
 フローリングの床で僕はよく滑る。お母さんがいつも掃除をするからだ。いや、してくれていると言っていいかもしれない。僕の体を気遣って、病気にならないようにいつも気にしていたからだ。けれど、今はお母さんも僕を気にしない。掃除だけはいつも通りしてくれているけど、無視している。どうして? 僕がいつも物を壊す悪い子だったから? 昔はいつも一緒に寝たよね。僕が淋しがり屋だから、いつも少し開いている扉を静かに押すように入っては、その様子に気付いて、ベットに上げてくれたら、僕に枕を占領させてくれていたよね。もう、僕は要らないのかな。
 インターホンとノック。それは玄関からだ。僕はついでにそのまま出ていこうかな。そしてよく夜中に連れて行ってくれたコンビニでも行って、近くの公園で身の振り方でも考えようかな。
 誰よりも早く玄関に行く僕。お父さんが玄関の扉を開けたら、そのまま出ていこうかな。ちょっとコンビニって感じで。
 そして予想通りお父さんが、玄関に近づきすぎない僕の横を無言ですり抜けて、玄関の扉を開ける。

「返済、先月末までなのは知ってますよね?」

 挨拶もそこそこに怖い顔で迫られているお父さん。そんな姿を見て「コンビニ行ってくるね」なんて言葉は口が裂けても言えない。だって、訪問者が怖いし、嫌な匂いがして、壁みたいに立ちふさがってる。難しい話は僕にはよくわからない。聞きたくない。興味がない。そんな僕だから無視されるのかな。20年は生きていないけれど、僕はもう大人だよ? 親に大人扱いしろ! なんて言うのは無理な話だけれど、興味がない話は聞けないんだよ。だから僕を無視するの? 意思表示は結構しているんだけどな。これが僕の性格なんだから。
 ほんの数分でガチャリ、と、いつもより大きな音で閉じた玄関。ねえ、何か僕に話してみてよ。ちょっとは笑顔が戻るかもしれないよ? やっぱり無視して、お母さんのところに行くんだね。

「大丈夫。もう少しの辛抱だから」

 お母さんだけでなく、僕にもそんな風に優しく話して欲しいな。僕だって、僕だって、ここにいるんだ! あ、いけない。コップ割っちゃった。お父さんもお母さんもスゴイ顔でこっちを睨んでる。ごめんなさい。あ、僕が割ったコップを片付けてるお母さん。あ、赤い。痛そうな顔。すぐにお父さんが駆けつけて代わりに片付けてくれてる。たまに僕を睨みながら。そんなに睨むことないよ。僕の相手しないからいけないんだよ! なんで無視するんだよ!

「最近、レイの気配するのよ」

 そんなお母さんの言葉。レイの気配? 変なこと言わないでよ。気配とか、おかしいでしょ! そうやって僕を見て見ぬふりするわけ?

「そうだよね。なんだか洗面所とか行くと後ろにいそうで……」

 お父さんからすれば、もう僕はそんな扱い。もういいよ。もう僕は必要ないんでしょ? 近いうちに出て行くから!

     ◆◆◆

 なんで、どうしていなくなっちゃうの? いつの間に? どうして家に誰もいないの? どうして家に家具がないの? どうして家に布団がないの? 何これ、ご飯? 最後のご飯? まるでお供え物みたいに置かないで! 僕は、僕は、要らないんだ! あ! 玄関から誰かが入ってくる……隠れなきゃ。

「おいおい、誰もいないのかよ」

 玄関を開けっ放しで入ってきたこの前の男。見つかったら面倒かも。上の階に上がっているうちに……そう、もう僕のお家はないんだ。自由に出て行っていいんだ。あ、近所のおばさん達だ。どうしよう、見つからない方がいいかな。今訪問してる人のおっきい車の影にでも隠れてみよう。

「そうねぇ……あそこの家の中で死んでたみたいだから」

 誰のこと? 僕の家を見ながら……誰が死んだの? え? どういうこと? 死んでた? 誰が? お父さんが? お母さんが? そんな……。

「もう5年くらい前らしいわよ?」

 5年? そんなの変だよ! 最近までいたじゃないか! 

「なんだか、それなのに、家の窓から気配がしたとか」

 窓から気配? じゃあ、僕が家の中で見ていたお父さんやお母さんは何? 今までの生活はなんだったの? 洗面所にいればすぐにお父さんとすれ違って、二階に上がったらお母さんの姿を見ていたあの姿は何だったの? いなかったの? だから……僕を無視してたの? 僕が、本当は僕が見たかっただけなの? お父さんとお母さんを……そんなの……嘘だ!!

「ニャァ!」

「あら、お宅の猫ちゃんよ?」

 あ、僕に近所の猫が近づいてきた。ちょっと遊んだからなついているのか。でも僕は他の人に気づかれたくないんだ! ほっといて! うわわああー!
作品名:レイ ~rey~ 作家名:ェゼ