ベイクド・ワールド (上)
「もちろん。それは物語のなかに詳細に書いてあるから」
「それなら問題ない。で、しんぼるのモデルはいったいどんな物があるんだ?」
「現実に存在するものよ」沙希はそう言って、七つのしんぼるのモデルが書かれたメモを僕に見せた。
第一しんぼる ウィリアム・マクエリチュラン作の彫刻『出会い』
第二しんぼる 駿府城跡の徳川家康像
第三しんぼる 新静岡セノバ・シネシティザートのシアター9の14-A席
第四しんぼる 白髭神社の首なし狐像
第五しんぼる 辰起緑地の右のマンホール
第六しんぼる 辰起緑地の左のマンホール
第七しんぼる 魚止めの滝にある炭窯
第一、第二、第四しんぼるが彫刻、銅像、石像という比較的に『シンボル(象徴)』らしいものである一方で、第五、第六しんぼるは、またもやマンホール。しかも右と左で対らしい。さらに、第七しんぼるは窯であり、そこにはまったく規則性というものがみられなかった。そして、もっとも奇妙なのは第三しんぼるだ。新静岡セノバとは、静岡鉄道新静岡駅の駅ビル型複合商業ビルだ。シネティザートはその九階にある映画館。その映画館のシアター9にある14-A席がしんぼるのモデルになっているようだ。だが、もはや僕は驚かなかった。黙って受け入れるしかないのだ。
「第一しんぼるは、ここに書いてあるとおり、青葉シンボルロードにあるウィリアム・マクエリチュラン作の彫刻『出会い』よ」と沙希は言った。
「あの二人の太っちょの男が互いにぶつかり合っている彫刻だね」と僕は答えた。
「そう」
「だけど、彫刻なんていったいどうやって壊せばいいんだろう?」
「物理的に壊すしかない。それはつまり、大きな金槌で叩いたりして」と沙希は淡々と言った。
僕は小さなため息をついた。だが、もはや逃れることはできない。僕は奇妙な物語の登場人物になってしまったのだ。「分かった」と僕は承諾した。「そしてそれはいつやればいい?」
沙希は間髪を入れずに、「今日、深夜。象蟲の再生はアルビナたちの妨害なしでは、今から一週間後の八月二十日に達成されてしまう。それまでにこの七つのしんぼるを破壊しなければならない」
一週間以内とは。七日で七つのしんぼるを壊さなくてはならない。予想以上にハードなスケジュールになりそうで、僕は気が滅入った。
「とりあえず今すぐに準備を始めないといけないね。なんてったって、僕は大きな金槌なんて持っていないんだから」と僕は言った。そして、僕はふと気がつくのだ。気づくべきではないことに。僕が圧倒的に不条理な場所で不条理な彫刻を破壊しなければいけないということに。「僕の思い違いであれば、すごく嬉しいんだけど、その銅像の近くに交番はなかったかな?」と僕は沙希に訊いた。
沙希は表情を変えずに答えた。「もちろん、あるわ。まさに目の前に」
僕は深いため息をついてから首を横に振った。最近、ため息をついて首を振ることが多いような気がする。いいや、それは気のせいなんかじゃない。
作品名:ベイクド・ワールド (上) 作家名:篠谷未義