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コトサキク

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「はっくしゅん!」
 大きなくしゃみが出て、僕はその勢いで腰かけていたガードレールからずり落ちそうになった。 

 今日から3月になったとはいえ、早朝でもありまだまだ寒い。気温も低いし、こうしてじっとしていると足下から冷えが立ち上ってくる。

 なんで何も考えずに普段登校しているとおりのピーコートで来てしまったのか。死ぬほど後悔だ。
 こうして長い時間外で待ちぼうけすることも今朝の予想気温も、昨日のうちからわかっていたんだからダウンコートでもなんでももっこもこになるくらいありったけ着てくれば良かった。

 顔を上げてみてもぶあつい灰色の雲がアリの子もはいでる隙もないくらいびっちりと空を覆い隠しているので、この後もあたたかくなりそうな期待はもてなかった。

 「ん」
 ガードレールに座り直していると、隣からぬっとターコイズブルーのコートにくるまれた腕が突き出された。

 実乃里の手にはてのひらサイズのカイロがほかほかと乗っかっている。この幼馴染みは普段ろくすっぽ喋らないが、ぼんやりしてるわけじゃなくていつでも用意がいい。

「サンキュ。でもそれとっちゃったら今度はお前が寒いだろ」
 心づかいはありがたいが仮にも相手は女子である。
 上半身はターコイズブルーのダッフルコートに黒いマフラーで顔の下半分と肩までをぐるぐる巻きにしているとはいえ、ミニスカートとハイソックスの寒そうな足が視界に入ればさすがに遠慮なく受け取るわけにもいかないだろう。

 武士は食わねど高楊枝、っと。なんか違うか。

 実乃里は無言で反対側のポケットからさらに大判のカイロを出して僕に見せた。さらにローファーを片足脱いで僕の方へとかたむけてみせる。
 どこまでも準備のよいことにしっかりと中敷きのように靴の中用カイロが貼ってあった。

「なるほど」
 本当に準備万端だな。感心して呟くと、ローファーをはき直しながらどういう意味なのかつかみかねるが実乃里はこっくりとうなずいた。

 ありがたく借り受けるとかじかんでいた手の中から、ほこほこと熱が広がっていく。

 実乃里は相変わらず黙ったまま、道路の向こうのバス停に寄りかかるようにして立っている喬をぼんやり眺めている。

 つられて視線を向けて、そういえばあいつもあたたかそうなダウンを着込んでいるじゃないかと気がついた。
 僕だけか、考えが足りなかったのは。

 喬は相変わらず待ち人来たらずのまま待ちぼうけしているが、遠目にはそわそわしている様子もなく落ち着いているように見えた。

「しかし僕らほんと付き合いいいなあ。友達甲斐があるってもんだ」
 関係ないただの付き添いである僕の方が、意味なくそわそわして時間をもてあましている。
 間を埋めるように口を開いたが、実乃里は僕の無駄口に付き合ってはくれずやはり素っ気なく肩をすくめただけだった。

 彼女が無口で無愛想なのは、別に寒いからとか付き合わされててタイクツだとかではなく(絶対そうじゃない! とまでは言い切れないが)元々こういう性格なのである。

 この年頃の女の子といえば、世間一般では箸がころがっても笑うだの三人集えばかしましいだのと言われるものだが、実乃里は例に漏れて昔からあまり感情の起伏もそう大きくない。

 そもそもどっちかといえば、この三人の中で一番よくしゃべるのは遺憾ながらこの僕だろう。

 僕と喬と実乃里と。三人まとめて今日にいたるまでの腐れ縁、幼馴染みというやつだ。
 たまたま全員同じマンションに住んでいたというだけだが、僕らはそれぞれの母親の腹の中にいた時からの長ーい付き合いだ。

 マンションには他にも年の近い子供たちがいたけれど、物理的に引っ越して疎遠になった連中をのぞいてもみんな顔を合わせれば話はするが学校が違ったりして基本疎遠になっている。

 その中で僕ら三人はいまだにこうしてなにかと顔をあわせてつるんでいるんだから縁が深いというか、どこかウマがあったんだろう。多分。

 今日は僕らが三年間通った高校の、いわゆる晴れの卒業式だったりする。もちろん僕も実乃里も、当然喬も卒業生になる側だ。

 本来ならばもう袖を通すことのないであろう制服のなごりを惜しんだり、同じようには歩かないだろう通学路に別れを告げたりするんだろう。

 そんな門出の日に僕らときたら家をいつもより早く出たはいいが何をしているかといえば待ち伏せ、である。

 喬がほぼ3年かけてずっと恋をし続けた女性が、いつものバスに乗る時間を見計らってこうして待っているのだ。
 ……卒業式に告白とはなかなかベタだ。

 とはいえ喬の卒業後の進路などをふまえて考えると、確かに今日告白しておかないと次の機会がないわけだが。
 家から通える距離の大学に進学する僕と実乃里とは違い、喬はアメリカに留学することになっている。天文を専門にやるそうだ。
 向こうの新学年は九月からだけど、環境に慣れたり勉強についていけるように語学学校へ入るという。それは理解できるが、なんとも気の早いことに明後日には出国してしまうというのである。

 だから明日を予備日にして、今日に照準をあわせたのだった。

 そのあたりの事情をわかってはいても、いい度胸してるなあと親友ながらしみじみ思ってしまう。
 喬のお相手の女性はOLさんなのだという。ごく一般的な常識に照らし合わせてみても、一介の高校生に振り向いてくれる可能性なんてミクロだろう。
 ましてや今回の場合は、更に喬に不利な決定的な条件があるのだから――。

「ふえっくしょい」
 もうひとつくしゃみが出た。しかし実に冷える。実乃里に借りたカイロを右手でシャカシャカ振りつつ、空いてる左手で携帯をポケットから取り出し時間を確認した。

 時計の針は七時四十五分になるところを指している。体感より時間はすぎていなくて、僕らがここで張り込みをはじめてまだ十五分くらいしか経ってないのだった。

 道路の向こうの喬に全く動きがないので、だいぶ長くここにいるような気がしているだけなのか単に僕にこらえ性がないせいか。
 焦れる僕に応えるようにバスが来た。

 駅前大通を横切って市役所へ向かうバスだ。前もって喬に聞いていた情報では、確か相手の人はこのバスに毎朝乗って通勤しているはずではなかったか。

 僕はどきりとしてあわててまわりを見回した。実乃里が突然きょろきょろしはじめた僕に不審そうな目を向けるが気にしない。

 けれどあたりにそれらしい人はいなかった。相変わらずスポーツバッグを足下に置いた喬が一人ぽつんと立ち尽くしているだけだ。

 バスを待っているんじゃないんだ。そのバスに乗る女性を待っているんだ。
 喬はじっと動かない。
「……寝坊かな」
 実乃里がぽつりと呟いた。

 バスはバス停にもたれて立つ高校生を見つけて徐行したが、乗る様子が無いのを見て取ってそのまま通り過ぎて行ってしまう。

「かもな……。とりあえず有給じゃないことを祈ろうぜ」
 何の気なしに口に出してみた途端、その可能性が皆無じゃないことにようやく思い当たって僕は一人暗鬱とする。
 喬が僕らを振り返って困ったような、照れたような笑みを浮かべた。
作品名:コトサキク 作家名:真央