飛んで火に入る夏の虫
『エピローグ』
直樹が月に向かって数日が過ぎ去り、美咲とベル先生は台所でお茶とドラ焼きを食べながら団らんしていた。
「ホント直樹ってばかですよね」
「あらぁん、でも結局はわたくしのお陰で助かったのよぉん、ねえ直樹?」
ベル先生の振り向いた先では直樹がカップラーメンを食っていた。
「マジで絶体絶命だと思ったな、あん時は……」
「悪魔の契約は絶対なのよぉん、だからモリーちゃんは時間稼ぎをしてたわけねぇん。月に身を隠して直樹とアイの契約が解けるのを待ってたわけよぉん。本契約されてたら手の出しようがなかったからねぇん」
月の上で力尽きた直樹は鼻から鼻水グジュグジュで、ティッシュでもないかと白衣のポケットに手を突っ込んだ。すると、ちょうどいい紙切れが出てきたではないか。けれども直樹はその紙切れをまじまじ見つめて鼻をかむのをやめた。
紙切れにはこう書かれてあった。
――これを読んでる頃はきっと一枚目の手紙を捨ててしまって、苦戦して死にそうになってるに違いないわぁん。そこで、そんな直樹のために取って置きの秘密兵器を今なら特別特価の一万円で売ってあげるわぁん。しかも後払いでいいわよぉん。で、その商品っていうのが――。
直樹はこのベル先生のメモを読んで思わず叫んだ。
「この商品買った!」
この声に反応してメモがある物体にへと変化し、直樹はガッツポーズをしながら前方を歩くアイたちを引き止めた。
「契約成立だ! アイをさっさと渡せ!」
直樹の声を聞いたモリー公爵とマルコはまさかという表情をして振り向いた。そして、最後に振り向いたアイは顔一杯に笑顔を浮かべ、マルコ制止を振り払って直樹のもとに駆け寄った。
「ダーリン!」
「アイ!」
二人は青い地球の見守る月の上で抱き合い口付けを交わした。そう、山積みにされたドラ焼きの前で……。
カップラーメンを直樹が食い終わると、廊下を誰かがドタドタと走って来て台所に駆け込んできた。
「ダーリン!」
台所に入って来たアイはいきなり足を浮かせて直樹の身体に抱きついた。
「抱きつくな、俺はおまえを妻だと認めた覚えはないぞ!」
「なに言ってるのダーリン。ちゃんと本契約結んだじゃん!」
「あんな紙切れに俺のジンセー決められてたまるか!」
ふわりとスカートを巻き上げながら地面に下りたアイは、どこからともなく契約書を取り出して直樹の鼻先に突き付けた。
「控え居ろう、この契約書が目に入らぬか!」
「読めねえよ!」
と口は威勢がいいのだが、直樹の表情は明らかに脅えていた。
どんよりとジメジメ空気が部屋に充満し、息をするのも苦しいほどだ。
アイの持つ契約書が風もないのに激しく揺れる。
直樹は本能的に脅え、壁に背中をつけてぶるぶる震えた。
「ダーリン、逃げても無駄だよ……あはは」
まさにアイが悪魔の笑みを浮かべた瞬間、直樹は契約書から出てきた黒い影を見た。しかし、そこで記憶がプッツリ。
「ギャァァァーッ!」
――あ〜んなことや、こ〜んなことが行われているため、描写を控えることをご了承ください(ペコリ←頭を下げる音)。
「ウギャァァァーッ!」
「青春ねぇん!」
アイと直樹がドラ焼き一〇〇個で交わした契約は絶対なのでした。
奥様の名前はアイ、そして旦那さまの名前は直樹。
ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。
でも、ただ一つ違っていたのは、奥様は仔悪魔だったのです。
おしまい
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)