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モノクローム・ブルー

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 やがてビルのシャッターが完全に降りる。視界が暗闇に包まれた時、不愉快な電子音と、場に不釣り合いなほど明るい声が耳へ響いた。
「樫木くん?今電話しようとして……もしかして迎えに来てくれた?」
 あれほど望んだ姿が、今はとても眩しすぎて見えない。時間に遅れたことを追求は出来るが、ビル内での抱擁について言及する権利はない。樫木は、完全に今朝の元恋人との一件を失念していた。
「ごめんね遅れて」
「さっきの」
 口に出してから、後悔した。それと同時に、三鈴との間に築く関係もないことに気付く。所詮は初対面だ。ここで仲違いしたとして、後にまで引きずる必要はない。三鈴は、財布を拾って届けてくれた恩人で、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「見てた?」
「恋人すか」
 三鈴は慌てることなく、今しがた出てきたビルの前を横切る。樫木は立ち上がり、その後を追った。
「違うよ。隣のビルのひと。今日会う約束してたんだけど、断ったらハグされた。会社ではやめてくれって言ってるのにね」
 三鈴の言葉の何もかもが理解できずにいる。今夜会う予定の、ハグをする相手で、公では公言していない、恋人ではなになにか?それはつまり。
「セフレってやつっすか」
「当たり、あんまり驚かないね」
 脳が処理限界を超えたとも言う。朝から立て続けに色んな事が起きすぎてしまい、樫木の脳内ではオーバーヒートを必死に抑えているようだった。冷静を装ってるだけだと言うのに、頭の奥まで、すっと冷えている。これ以上はきっと、倒れてしまうかも知れない。
「で、なに奢ってくれるのかな」
 くるりと樫木の方へ振り返る。期待を込めた目で見られると、目を逸らしたくなった。
「……あんま高いとこは」
「分かってるよ、学生。しょうがないからデニーズ行こうか」
 樫木へ向けられた笑顔は、この上なく欲したそれそのものだった。
 自分が元恋人へ願ったものはなんだっただろうか?無償の愛や、永遠の誓いや、そんな重苦しいものだっただろうか?毎日とは言わない、たまに見せるたった一瞬の笑顔が欲しかったのだ。
 三年という月日は決して短くない。それほど長い時間を一緒に過ごしながら、彼女が求めたもの、自分が求めたものが相違していた。
 それなのにたった半日前に出会ったこの三鈴菊という男は、今一番欲しい言葉と笑顔を、くれる。
 ああ。もう手遅れだ。
 樫木は確実に落ちていく音を自分で自覚しながら、前を歩く三鈴の後を辿った。
作品名:モノクローム・ブルー 作家名:桐重