ヤマト航海日誌
2017.2.20 カーロス・リベラのきれいな反則
カーロス・リベラの肘打ちは、〈コウトウ反則〉と呼ばれる。
コートー、というのが何かおれには不明なのだけれども、たぶん〈高等〉でいいのだろう。おれはボクシングについて『ロッキー』と『あしたのジョー』を見てしか知らない。それでもカーロスの肘打ちが、やろうとしてもなかなかできない高度な技であるのはわかる。
ボクシングの試合をしてれば肘が相手に当たるのなんて普通にあることのはずだ。そして普通は、当たっても、相手は痛くもなんともない。たまたま悪いタイミングで、悪いところへ悪い具合にガツンと当たって始めて強烈な打撃となる。それがたまたまの偶然ならば、『ワザとじゃないよ』とひとこと言って済んでしまうわけであろう。
そしてそんなの、狙ってやろうとしたところでうまくいくものではない。不自然に見えないようにやるのは神業であるうえに、失敗すれば隙を作って相手にバコンとやられてしまう諸刃の剣なのでないか。
そしてそれが使えるのも、一試合に一度が限度だ。一回だけなら、
「オーウ! コレハゴメンナサーイ! 私ノ肘ガ当タッテシマッタヨウデスネーエ! ケレドラッキー、ラッキーパーンチ!」
なんて言い逃れもできよう。レフリーから「今のはワザとじゃないのか」と言われても、
「オーノー! ソンナコトアリマセーン! 偶然デース! 神ガ私ニ味方シテクレタニ違イアリマセーン!」
と、そらっとぼけて言い張ればいいのだ。確かに故意だと言えない限り、レフリーとしては減点も取れまい。しかし二回やったなら、いくらなんでもダメだろうから、一度で相手を確実にノックアウトさせねばならない。
そして相手が、『よーしそれなら今度はオレがやり返してやる』と思っても、できない。それが、あまりに高等テクニックであるがゆえに……。
あれはそういう技なのだろう。〈きれいな反則〉であるうえに、反則なのに減点されない驚異のハイパーテクニックなのだ。たぶん、そういうことなのだろうとテレビで見る限りは思える。
ホセ・メンドーサが矢吹に対してあからさまな反則をしても、レフリーは〈減点1〉を審査員に求めるしかしなかった。あれが一点引かれるだけなら、カーロス・リベラの肘打ちは何点引かれるというのだろうか。ホセとの試合で矢吹が判定敗けするのは、まさか、審査員が各一点しかホセから引いていないからで、マイナスが二点ずつなら矢吹の勝ちだなんてことはないんだろうな。あの試合、五点くらい引いてやるか、即座に失格、矢吹の勝ちとしていいくらいの反則をホセはやったんじゃねえのかなあと素人眼には思えるのだが……。
まあとにかく、すべての反則がダメな反則なのではない。程度の低い汚いだけの反則の他に、〈きれいな高等反則〉というのが、物事にはあるものなのだ。ボクシングに決して限ったことではあるまい。どんなものにもきっとあるのだ。それを見る者が、
「なるほど、アナタが大変に高い技倆の持ち主だというのはよくわかりました。ただの卑劣な反則使いではないというのもまあ認めましょう。しかし、それならそんな技、わざわざ使わなくたって、普通にやってどんな敵にもアナタは勝てるんじゃないですか。なのにどうしてしなくていいような苦労をしてそんな技を身に付け使おうとするのです。そこがどうもワタシにはよく理解できませんなあ。アナタはそんなことやって、かえって損していませんかね。それだけできる人なんだから、イカサマに頼る必要ないでしょう。ルールを守って堂々と普通にやるのがアナタのためではないのかと、ワタシとしては忠告を言って差し上げたいですな」
なんてことを言うようなやつだ。
るせーってんだバカヤロー! そんなこたあな、訳知り顔の優等生にわざわざ教えてもらわなくても、やってるおれがいちばんよくわかってるんだよ。おれがどんだけ損しているか、てめーらボンクラにわかるもんか。
おれが普通にやったんじゃあ、勝つとか敗けるとかいう以前に、リングに立つこともできねえんだよ。どこへ行っても地味ー変ドリックスなヘナチョコとおれを見比べて、地味変の方を採りやがる。
『〈マンモス西〉か。まあこっちのが、ウチが求めている型になんとかハマる人材のようだな。ひょっとしたら見事に化けて金龍飛になるかもしれんゾ』
てなこと言ってプロデビューだ。で、
『おっかしいなあ。またダメだ。どうしてボクらが選ぶ者は売れてくれんのだろうなあ』
おれがそんなの何十回見たか誰も知らねえだろう。いつだってそもそもハナから門前払いだったもんな。図書館へ行きゃあただの一度も借りられぬまま十年過ぎて廃棄される〈大型新人デビュー作〉がリサイクルコーナーに置かれてて、もちろんそんなの、タダでも誰も持っていかない。そうさ、おれは西どころか、そこらのダニと比べても見込みナシだとされてジムにも入れてもらえぬ野良犬ボクサーなのさ。どこへ行っても人はおれ見て、
「アナタはどうも来るところを間違えているようですネ。ウチはとにかく値段を付けて売れるものを求めてるんです」
と言いやがる。あーあー、そうだろ。そうなんだろうよ。
おれを門前で追い払った十ばかりの新人賞が、売れる作家をひとりも出せずに消えていくのをおれは見てきた。売れる作家を出してないのになぜかやってる新人賞もまた見てきた。君もおれがこのサイトで人気最下位であることを当然だと思うでしょう。おれも思うよ。たぶん、マンモス西の方が、本を一冊出せたけれども売れずに終わり、しかし紀ちゃんと結婚できる。そんなハンパなプロでもおれはよかったはずなんだけどな、と。
いや、そこまでいかなくても、一冊売れりゃそれでよかった。その昔に例の『アパチュア――』っていうやつを、書いてみたら書けたときには、そんな考えでいたはずなんだが。
今だって別にホセ・メンドーサとやりたいわけじゃないというのに、どうして反則技なんかおれは磨いているんだろう。おれのオリジナル小説だって、このサイトに無料で出すのがほんとはいいようなものなのだけれど、できない。それは、『太平洋の翼』を試しに出してみてよくわかった。
このサイトは鑑別所だ。巣くっているのは万引犯に盗撮魔、全裸コートで『これはオレのモノだ!』と叫ぶ変態露出男ってとこだ。
今この二月にこれを読んでいる君は、いくらなんでもおれの処女作に飛びつきながらこの日誌は開きもせず途中でやめていったやつらとは違うだろう。『無料のものなら読んでもいいがアマチュアが書いた小説なんかカネを出して誰が読むか。中身がポルノだというならまだしも』と思っているだけでもあろう。
もちろん、そうに違いあるまい……とも思うけど、しかしね、やっぱり、こんな日誌をここまで深く潜って読んでいる時点で、君なんかに気を許すわけにはいかないとおれは考えるしかないね。