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ヤマト航海日誌

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2017.2.9 金龍飛やハリマオやタイガー尾崎とはやりたくない



あなたは誰かに狙われてると思ったことがあるだろうか。

それとも、プロの小説家になりたいと思ったことがあるだろうか。

〈プロの小説家〉と聞いて、おれが真っ先に思い出すのはおれが高校のときに見た『ロマンシング・ストーン』ていう映画かな。正確に言うとその続編の『ナイルの宝石』というやつかな。主演のキャスリーン・ターナーが女流の売れっ子小説家で、海に浮かべたヨットのデッキでカチャカチャとタイプライターを叩くのだ。

ああ、いいなあ、ヨットってのが。おれもプロの作家になって、ヨットのデッキで小説書くとこ波止場の人に見せたいな。で、女の子に『キャーッ! 見て、島田さんよ! 島田さんが小説書いてる! カーッコいーいっ!』なんて言われて手を振っちゃって、『やっほーっ、おれ、書いてるよーっ!』って、あなたもきっとそんなプロの作家になってみたいと思うことがあるでしょう。

おれが思うに、笹本祐一なんかはまさに一流のプロである。お前、『あれは二流だ』とこないだ書いていたやんか、と思ってはいけない。あれはあれでこれはこれだ。何をもってそれを〈真のプロ〉とするかに決まりなんてないではないか。

新人賞をひとつ獲ってりゃ売れてなくてもプロの作家とみなされるという考えもあるだろう。『他人のために書くのがプロで自分のために書くのはアマだ』なんて言う人もいるだろう。とにかくそれで食えるほどのカネを稼いでいるということが職業作家の第一条件だというのが、書店へ行かずに図書館で借りて済ませているばかりのおれみたいなケチの考え方かもしれない。ふうん、なんでえこんなもん、とても最後まで読む気がしねえや。次にこいつは……うーんまあまあ読めたけれども、後で文庫で買ってもいいと思うほどのもんじゃねえな……。

おれみたいなやつがいるからプロの作家がカネを稼ぐのは大変だ。まして、プロ中のプロともなれば、出版社のドル箱となって社の経営を支えるほどの存在ということになるのだろう。あなたもきっとそれほどまでの作家先生になりたいものだと思うことがあるでしょう。

思わないだろうか。

しかし笹本祐一はそれほどまでのプロであった。笹本の『ARIEL』なしに〈獅子王〉という雑誌はなかった。とにかく、月刊は無理だったろう。『ARIEL』なんかで月刊やるなら季刊のままか隔月でよかったとおれは当時に思ったもんだが、誰かが穴を開けたおかげで『私闘学園』なんてのも生まれた。

プロ中のプロというのは他の売れない作家のぶんまで稼いで雑誌の刊行を成り立たせ、請け切れないほどの仕事を請けて、ときには『ゴメン、やっぱり無理だった。悪いけど○月号に書くと言った原稿は他の人に頼んでよ』とドタン場で言ったりして、新人に仕事をまわしてやる人間のことなのだろう。その意味において笹本は確かに一流のプロなのである。

……とまあ、これは、おれというプロになれないアマチュアが僻(ひが)みで書いていることだから、アマチュアが僻みで書いていることだと受け取ってくれて構わない。しかしあなたはプロ中のプロの作家になりたいと思うことがあるだろうか。ラノベ業界やSF業界の帆柱の上で輝く〈セントエルモの火〉となって、『あの先生がいるおかげでこのジャンルがあるんだあ』と皆が伏して拝むほどの存在になってみたいと思うだろうか。


「いいえ、ぜんぜんそんなことはないんです。他人(ひと)が書いたの丸パクリして、ちょっと変えただけのものを新人賞に応募してやりゃ、割と簡単に受賞して、ドラマ化とかアニメ化とかされてお金がガッポリ入るわけじゃないですか。そういう作家にボクはなりたい。そのくらいのポジションがいちばんおいしいと思うんですよね。だからどなたかボクが真似し易いものを書いて出してくださいよう。コピペ一発、それがいちばんラクだから、ボクはそれでいいんですう」


なんて人が多いのだろうか。君がそれでいいのなら、君はそれでいいだろう。

けれどもおれは、プロ中のプロ、〈セントエルモの希望のともしび〉というものになれるものならなってみたいと思ってみたこともあった。だが遠い昔の話だ。今は『敵中』の続きなどてんで書く気もしないけれど、かつては考えたこともある。書こうと思えば結構早くおれは書くこともできるんじゃないか。次から次に書くことだってまあできなくないんじゃないか。『ミザリー』って映画みたいに怖い〈マネージャー〉に管理され、


「ノルマ十枚書かない限りパチンコ打ちに行かせませんよ。ホラできるじゃないですか、ならば明日は十二枚。頑張りゃ十五枚くらい毎日書けるんじゃないですか。ブレーン付けてあげましょう。ネタも拾ってきてあげましょう。次はこんなのどうですか」


などと企画書を押し付けられる。読んでみると、


「ええとなになに、《妖精計劃》? なんだこりゃあ? これでおれに何を書けっていうんです? わけのわからないものを丸投げして寄越されて、どうにかしろと言われても、どうにもしようがないってものが……このアイデアは荒唐無稽もいいとこじゃあないすかねえ。なんか結構似たような話も前にあった気するし。だいたいこの〈計劃〉には無理があるな。○○を○○にすれば○○が○○になるなんていうもんじゃあないでしょう。○○とか○○をドカドカ出せばいいってもんでもない。

けど、何よりこれだとねえ、主人公のはずの男がちゃんと主役にならないまんま終わることになるんじゃないの? やめなよ、最後ズドドドドンと意味もなく爆発させて、主人公は何もできずに棒立ちして見守るだけ、

『ああ何もかもすべてが無駄であったような終わり方をしてしまったわね。わたしは陽子。「ハレーション・ゴースト」の陽子。陽子という名の、玲郎の思い出のなかに残れば、それでいい。わたしはそれでいい。さよなら、玲郎……』
だとか言うのに、
『何言ってるんだ、これでまた一から始まるのさ!』

と応えて終わりとかいうのは。そんなのがちゃんと風呂敷たたんだことになると思うんじゃねえてえの。

ほんと、グズな主人公が、グズグズグズとグズなまんまストーリーが進んでいって、最後に〈ルワンダ祭り〉なんてのを見てなんか心が安らいだからそれでいい、ボクはそれでいい、さよなら〜、なんて調子で終わるようなのが多いよな。問題が何も解決しとらんことに作者が気づいてないのとちゃうかという……この企画書もそれじゃないの?

そういうのはダメなんだよ。だからここはこうしてやって、ここはこうして、こうすれば、キャラも活きるし見せ場も出来て最後はうまくまとまるんじゃない?」


「それだ! それでいきましょう! きっとドラマ化なんかされて、もうガンガン売れますよ!」


「うーん、そうだな。やってみようかな……」

作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之