小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ヤマト航海日誌

INDEX|22ページ/201ページ|

次のページ前のページ
 

2015.7.5 『ヤマト』の真の原作者



『ヤマト』の真の原作者は誰なのか、というのは昔からいろいろ言われている。

これからおれが書くのはおれの考えだから当然ロクなもんじゃないのだが、しかし元々『ヤマト』というのが『スター・トレック』のパクリ企画として始まってるのは誰もが認めるしかないでしょう。

西崎義展の頭にあった『ヤマト』とは、ただ〈ヤマト〉という名前の発電所マークに芋くっつけた宇宙船がアステロイドで敵を蹴散らす話だった。小惑星にはどうせキスカとかペリリューとかいう名がついていたんだろ。もともとほんとに作れるのは、『ブルーノア』とか『オーディーン』とか、今では誰もがなかったことにしたがるようなもんだけなのだ。

だから『ヤマト』も松本零士が加わる前の初期設定で作っていたら、一体どんなひどいもんになってたことか……あ、それって例のあの『復活編』てやつなのか? そうか、復活したってのは幻の『アステロイドなんとか』なのか……シンタローが原案じゃねえじゃん。

さて本家の『スタトレ』だが、これにも実は元ネタがあるのは皆さんご存知だろうか。十八世期のキャプテン・クックの航海を宇宙に移したものだと言われる。ジェイムズ・カーク船長すなわちキャプテン・ジェイムズ・クック。宇宙探険船〈エンタープライズ号〉すなわち七つの海を巡る帆船〈エンデバー号〉。

おれが勝手に考えている本来の『ヤマト』とは、フェルデナンド・マゼランの世界一周航海を宇宙に移したもの……と言うより、『ヤマト』に参加する前に松本零士の頭の中にあったのがそれじゃないのかなってことで、たぶんほんとは〈クイーン・エメラルダス号〉みたいな木造帆船が飛行船の下に付いてるやっぱり変な宇宙船で少年がマゼラン星雲に夢を追いかけ……なんてな話だったんじゃないか。〈ヤマト〉の第三艦橋はその名残りであったりして、結局それは形を変えて『999』になったんじゃあないかしらんと……。

おれもべつだん松本零士を絶対的な意味での『ヤマト』原作者と考えているわけではないので、あえて言うなら初期設定の豊田有恒、そして原作は『西遊記』か?

でもやっぱり、それもしっくりこないんだよな。なんでも平田晋策とかいう作家の『新戦艦高千穂』てえのが戦前にあって、それが『ヤマト』に話がそっくりなんて説もあるようだけど、しかし当時は子供向け冒険航海小説なんて他にたくさんあったろう……。

そしてもちろん、西崎義展については違う。もうこいつは絶対に違う。これはすなわち大阪城を建てたのがたとえ豊臣秀吉であってもそれは〈施主〉という意味で、決して〈設計者〉とか〈建築家〉というのじゃないのと同じだ。〈原作者〉とはそういうものであるはずだから、やはり誰を取るかとなれば松本零士しかいない……。

しかしだ。ちょっと別のアプローチをしてみよう。西崎義展の頭にあった原案はとにかくろくでもないものだった。一度沈んだ戦艦〈大和〉がドドーンと海に浮上して、アメリカ軍を蹴散らして八月十五日までにワシントンを焼き払うくだらん貸本小説の類は六十年代にもうたくさんたくさんあった。

いい大人が読むものじゃないそんなのを西崎義展は取っかえひっかえ読んでたのだろう。お買い上げしてカバーをかけて棚に並べさえしてたのだろう。だったらそれが原作じゃん! 原作者は今や名も無きパルプ・フィクション・ライターズだ!

おお、なかなかしっくりくるぞ。けれどもここで、もうひとり、別の人物をおれは挙げたい。その名を辻政信という。

そう、前回のあの男だ。1950年代に何冊かの本を出した。書名もいいぞ。『十五対一 −激闘ビルマ戦線−』に『潜行三千里』だ! 戦地で悪逆非道の限りを尽くした旧日本軍参謀の手記! モンゴルでノモンハン事件を起こしてソ連軍の戦車の群れに歩兵を突っ込ませて多大な損害を出し、マレー半島で日本軍を進撃させたがこちら側の犠牲の方が多かった。シンガポールを占領すると捕虜虐待に大虐殺。街の市民を手当たり次第に殺すように命令し、『あっちの隊はもう五百人殺したのに貴様の隊はまだ百か! 足らん! 足らん!』と叫び続けたりしたという。

古代進そのものである。無謀なデタラメ作戦を立てて上からダメ出し食らっては、そのたんびにムスッとして誰とも口を利かなくなる。そのうち姿が見えなくなって『どうしたのかな』と思っていると、勝手に兵を持ち出して敵陣地に補給なしの銃剣突撃かけさせていた。で、飢え死にさせるまま、ほったらかして自分だけ「すまん」と言いつつ逃げ戻り、のぼせた顔で空を見上げて、「ありがとう、君らの死を無駄にはしない……」

と、これを〈大東亜戦争〉のあいだ八年繰り返した。にもかかわらず大本営の覚えめでたくこいつ自身はお咎め知らずで、代わりに現地の上官がみんな、詰め腹切腹申し付けられてしまった。

この中佐を押し付けられる大佐さんや少将さんには疫病神。しかし常にこいつの下には、熱血ぶりに讃する尉官がうじゃらうじゃらといたという。辻さん、あんたのためなら死ねる! どうか日本を救ってくれ! そう叫んで男達が若い命を散らしたのだ。

うーん、いいねえ。世界としては。これを否定したくはない自分がいるってなんなのかねえ。なんか書いてて、もう野垂れ死んでもいいからガダルカナルへ行きてえやという気がちょっとしてきちゃった。でもやっぱり、少しは止まって考えろよと言ってみるべきだよなあ。

とにかく、古代だ。こいつはまさに古代進だ! ノモンハン事件なんておれにはサッパリわからんちんで、ずっと遠ざけてきたのだけれど、全部こいつのせいだったんだね。この〈ぶっちゃん〉が自軍の中に古代守みたいなのがきっといて、百メートルを二秒で走って戦車を素手で真っ二つにすると本気で思い込んでた。ただそれだけで起きた軍事衝突であったと。ふうん、なるほど。そーか、よくわかりました。

で、『潜行三千里』とは、GHQの戦犯追求を逃れて国外に潜んだ辻が、命を狙う刺客の群れをかわして二十九万六千フィート、まんまとうまく日本まで帰り着くまでの記録とか……こ、これだ! これこそ『ヤマト』の原作本だ! 出版当時はベストセラーで、今でも隠れたロングセラー。2010年に〈増補版〉というのが出たが、あまり人には知られぬところで売れたらしい。君の町の図書館にもひょっとしたらあるかもね。

辻政信は崇拝者の支持を受けて政界に出馬、大量得票で国会議員に選ばれ二選三選された。しかし1961年、ベトナム戦争が始まったばかりのインドシナへ出掛けていって消息を絶つ。やはり華僑に捕まって、体をゆっくり切り刻まれてメコンに浮かんだのであろうか……いやいや、きっとどこかで生きてくれてるものと願いたい。


(付記:どうも『ヤマト』にそっくりなのは『新戦艦高千穂』じゃなくて、同じ作家の『昭和遊撃隊』という作らしい感じもするがよくわからない)



作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之