ヤマト航海日誌
夜神に殺せる人数なんて、一日2880どころか、せいぜい60人が限度。一日のうち一時間、一分にひとり殺すとして、世界人口60億。59人は外国人を殺すとすれば、日本人を殺すのは一日ひとりだけとなる。それでは人はこう思うだろう。
『そのひとりにならなければいい。世界には物凄く悪い人間が、何百万もいるのだから。当然そちらが優先されるわけだから、食うに困ってコンビニ強盗するだけのおれを殺していられるものか。店員は逆らわずにカネを出し、「これを持って出てってくれ」と言うよう教育がされている。だから殺しをすることにならず、警察に捕まらなければ顔と名前を〈キラ〉に知られもしないんだから、これはやっても大丈夫だ』
と。
そうして犯罪が激増する。夜神ライトが〈デスノート〉を使えばそうなるだろう。人は言う。〈キラ〉はこの世界を良くするために戦った。それが適していたのかどうか……これじゃ、〈エル〉に勝利なんて、しないほうがよかったのかもしれない……。
そういうことにならねえのかな、あの『デスノート』ってくだらねえマンガは――おれが今、『エリパチ』を読み直してそう思うんだが、『エリア88』と『デスノート』は全然違う物語であり、違いについて考える以前に似たところを探すことが困難だ。
神崎悟は〈プロジェクト4〉の陰謀で何がやりたかったのか。
ただたんに風間真と戦闘機によるチキンゲームがやりたかっただけではないのか。
そうだとしても辻褄の合わないことだらけだが、『デスノート』は夜神ライトと〈エル〉の勝負の行方だけ追いかけて見ればまあたいしたものである。それに対して『エリパチ』は、風間真と神崎悟の成り行きは追って読んでもおもしろくない。連載中におれはずっと立ち読みしながら『神崎要らない』と思っていたが、〈プロジェクト4〉の戦闘機隊隊長と風間真との対決はちょっと読んでみたかった。
しかしそれも果たされず終わる。『エリパチ』の完成度が低いと言うのはこういうところで、〈プロジェクト4〉の隊長ってのが、出てくるだけで結局一度も〈88〉のパイロットの誰とも戦わないんだよ。いや、大体、出てきたときから『デスノート』の〈エル〉同様のなんだかわけのわからんキャラで、『ちょっとどうなの』と最初から思わないでもなかったんだけど。
〈プロジェクト4〉の戦闘機、と言えば〈MiG-21〉である。『なんだ〈フィッシュベッド〉かよ』と思ってナメてはいけない。鯛焼の皮こそミグであるけれど、中のあんこはエンジンも電子機器もすべてが西側の当時最新で最高の部品に替えられた〈スーパー・フィッシュベッド〉なのだ。
〈MiG-21〉はカッコいい。『ガンダム』で言う〈ザク〉みたいな戦闘機だが、〈ザク〉がカッコいいように〈MiG-21〉もまたカッコいい。〈ザク〉と言えば日本の〈零〉も〈ザク〉みたいな戦闘機だが、零戦がカッコいいように〈MiG-21〉もまたカッコいい。戦闘機を語る者は、〈MiG-21〉のカッコよさを知らなければならない。
それがスーパーなのである。雑魚とは違うのだよ、雑魚とは! 強いぞ、これは。きっと強い。元々ムダのない機だけに、加速力や上昇性能は抜群だ。それがスーパーなのだから、シンの〈タイガーシャーク〉にとって最強の敵となりうる。
日本の〈零〉は最後まで一対一なら最強の戦闘機と言われたが、パイロットの腕がなければその実力も発揮できない。〈プロジェクト4〉の隊長は、この〈スーパー・フィッシュベッド〉で一度に十の敵を墜とす。そうして〈プロジェクト4〉の中でも特に、〈88〉攻略のために選ばれた精鋭の隊を犠牲にしてひとりだけアスランに入り込むのだ。
ううむ。一体なんでそんな……ここでいろいろ変じゃないかと思ってしまうわけだけれど、しかし何より一度に十機。いくら〈スーパー・フィッシュベッド〉でも、有り得ねえだろ。〈MiG-21〉は、ミサイルが翼に四基しか吊るせない――ってゆーかその機、元からミサイル抱いてねえじゃん。機銃だけで十機? ダダダと撃てばほんの数秒でタマが尽きるし、それに何より、空中戦をちょっとやったら燃料を大量に失うはずだろう。
〈F-15〉ならまだしも、〈MiG-21〉で一度に十機。それは有り得んと言うしかない。それでもそれはさておくとして、その隊長とどうなるか――最近これを読み直しながら、『そう言やこんなの出てきたなあ。ハテ、どうなるんだっけ』と思いつつ読み進めると、だから結局、ただの一度も戦わぬまま話から消えちまうんだよ。『エリパチ』の完成度が低いというのはこういうところで、なんか今見て『ヤマト2202』みたいだ。
――いや、あれよりはマシだけどさ。ともかくシンやミッキーには感情移入して読めるんだから。『デスノート』の夜神ライトも、この利口バカがリュークに何を言っても『ははは、甘いね。殺すだけではダメだし、よしんば――』うんぬんと思いはするがそれでも考えそのものはわかる。しかし、神崎の〈プロジェクト4〉は、てんでさっぱり理解できない。
新谷かおるはこの『エリア88』というマンガで何を描きたかったのか。
ただたんに風間真と神崎悟の戦闘機によるチキンゲームを描きたかっただけなのだろうか。
そうだとしても辻褄の合わないことだらけである。〈プロジェクト4〉戦闘機隊隊長は、娘を使って〈88〉のパイロットを仲間に引き入れようとする。『しょせんは傭兵の集団だ。カネを倍以上出すと言われれば当然寝返るやつも出てくる』なんてなことを言うけど、そうかなあ。普通はこんなの、聞いても言うだけじゃないのかな。
『プロジェクト4? 悪魔の計画? それが世界を支配する? って、具体的にどんな……ははは、甘いんじゃないの。そんなのやってもうまくいかずにすぐ破綻して終わりじゃねえかな。まあせいぜい頑張ってください』
と。神崎悟の計画なんて、絶対うまくいくわけないし事実すぐ破綻してるじゃないか。シンや涼子やサキやミッキーが何もせずとも失敗で終わる。〈サキの七人の兵士〉は〈七人の侍〉に過ぎず、勝つのはアスランの民衆だ。
おれがいま読み直してそういう話としか思えない。いや、いいけどさ。それでも。うん。世の中そういうもんだから、そういう話でいい気もするけど……。
ゲイリー・マックバーンはどうしてもカネが要るから〈プロジェクト4〉のパイロットになる。これはわかる。しかし変な隊長は、どうしてこんな変な話に乗って自分の娘も引きずり込むのか理解できない。最後までただの変な人にしか見えない。
新谷かおるはこの隊長で何を描きたかったのだろう。こいつはまるで平沢千明だ。世界平和を守る者らと手を組む気は一切ない。当座の活動資金と、酒が飲めるだけの報酬を払ってくれるのなら、スポンサーは誰だっていい。好きな仕事を選ばせてくれるなら、悪魔がスポンサーになっても構わないと言う――と言うより、神崎悟みたいなやつ以外をスポンサーにはしない。ゲイリー・マックバーンと違って地獄まで共に行く。
〈プロジェクト4〉は〈レッドバグ〉の平沢ならばお気に入りの計画だろう。『こんなのうまく行くもんか』と思うやつでもなさそうだし。