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ヤマト航海日誌

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さてこのログは同じものを『ゴルディオンの結び目』の末尾に付け足す考えで書いているのだが、そちらで初めて読む方のためにひとつこれまでのおさらいをしよう。この日誌を前から読んでいる人は、ここから先の何十行かを読み飛ばしてもらいたい。


   *


あなたがいま読み終えたこの『敵中』の第二部は、書いて出していた頃はまったく読まれていなかった。一節ずつ足して更新してやってもふたりも読むかという調子で、それが最初から最後まで続いた。完成時の被アクセス回数は累計タッタの1062。全部で87節だから、なんと一回の更新あたり十二人にしか開かれなかったことになる。

って、おいおい、言ってることが違うじゃないか。アクセスは〈一更新あたり一、二回〉なのか〈十二回〉なのか、どっちなんだよ。平均が十二回なら平均は十二回だろ。お前が一度更新するたび十二人ずつ読んだってことだろ。どっちにしても少ないのは少ないけれど――と、あなたは思われたかもしれない。そうだ。もちろん平均だけ見れば後からこの小説を知ったあなたがそう考えて当然である。

だが実際の事情はこれでなかなかに複雑だった。この小説のアクセスは最初から最後までほぼ一貫してずっとずーっと毎度毎度、更新するたびひとりかふたり。まったくのゼロというのもたびたびのことで、三人以上が開けたことなど半分もありゃしないだろう。なのにどうして総数が1062になるかというと、途中に大きく偏って読まれた時期があったということである。

それまで全然まったく全然まったくちっとも読まれてなかったものが、あるとき急に突然いきなり何十人もが寄ってきてこの『ゴルディオンの結び目(当時は「赤道の白夜」という題名だったが)』を開けていったかと思うとまた突然にサッと遠のいていったことがあるということなのだ。

この小説を読み終えた方はお察しのことと思うが、それは〈ヤマト〉の冥王星での戦いがなぜ〈スタンレーの魔女〉になるかを説明するくだりである。あれを出した途端にどう知れ渡ったか人が集まり何十人もがこれを開け出し、一度はサイトのトップページに表示されるところまでいったのだが、その翌日に嘘のように人が消え去り誰も開けなくなってしまった。で、その後は最後まで、更新してもひとりかふたり、もしくはゼロ。

その一件以前にも、一時的に偏って多くアクセスを受けたことがないでもなかった。たとえば普段はまったくひとりかふたりというのに、『人類延命計画』なんて節を入れるとそのときだけ十人が読む。あるいは、『筋トレマシン』の節を出すとそれが古代が出る回だとは目次を見てもわかるわけないのに二十人が寄ってくる。明らかに、いつも読んでたふたりのうち少なくとも片方はおれの更新の内容を、『セントエルモ』を既に読んでる者達に毎度話して伝えていたのだ。

だが例の一件以後はそんなことはまったくなくなり、この小説はそれまで以上に開けて読まれず最後まで人は離れたままだった。当時のおれには何がなんだかまるで理由がわからなかった。

実を言うと、間抜けなことに、おれはそのときここに投稿される文はコピペできるとまったく知らなかったのである。

ちなみにこの2018年1月現在、この〈2.novelist〉というサイトは訪れる客がごく少なく、一日に十五、六人も開ければ一位。十二が開ければ六位になれてしまうという状況だが、例の一件のときには今より客の数が多くて一位が一日二百数十。おれはその日に四十人に開けられたのにランクが六位どまりであった。昨日は四十、今日はゼロ。その後はずっとゼロゼロゼロだ。

どうしてこのようなことが起きたか。

そのときにおれを読んでた者達の全部が全部、美人OLの帰り道を毎日毎日つけて歩くストーカーと変わらぬやつらであったということ――としか考えられんではないか。


   *

尾行男はこれと見定めた女の後を毎日毎日つけて歩く。そうすることで彼女の心を自分のものにできると彼は信じている。常人には彼のものの考え方がまったくわからぬこともない――だが、同時に無理だろと思う。やめろよ。お前、その考えは間違ってるよ。彼女にしたらたんに気味が悪いだけだよ。お前の尾行に彼女が気がつかなければまだどっかで近づくチャンスがあるかもしれんが、気づかれたらおしまいだろう。自分をつけてた男と知りつつお前のことを好きになる女がいると思うのか。

いーえ、と彼は応える。気づかれてからが本当の尾行。それは確かに初めのうちは彼女はボクをストーカーだと誤解するかもしれません。けれども、それは最初だけ。彼女は次第にボクに惹かれていく自分をどうにもできなくなっていきます。ああ、今日もあの人がアタシの後をつけている。アタシを愛してくれている。彼ほどアタシを愛してくれる男はいないわ……。


「夜中にアタシと顔の似たAV女優のビデオを見てアレをシゴいたりしてんのかしら、とか」


ボクにはわかる。彼女はなんの穢れも知らぬ清純そのものの処女であると。運命の人であるボクを待っていてくれたのだと。だって彼女は初対面のボクにニッコリ微笑みかけてくれたのだから。あれはボクだけに贈られる笑み。ボクだけを見つめるまなざし……。


「受付嬢が営業スマイルしただけだって」


ボクは毎日彼女に無言電話を掛ける。ボクの気持ちをわかって欲しいという無言のメッセージ。その想いは必ず彼女に伝わるでしょう。きっとこう思ってくれる。ああ、どうしてこの人は、ここまで深く人を愛することができるの? アタシはアナタの名前を知りたい! どこで何をしてる人なの?


「それがわかればストーカー行為規制法で告訴することができるもんな」


受信拒否されたとしても諦めません。それこそ、彼女がボクへの想いを抑えきれなくなった証拠ですから。男を見た目や収入や学歴だけで判断する、そんな女ならボクは要らない。ボクの内面を見てもらい、ボクの良さを知ってもらう。それにはこの尾行というのが最もいい手段なのです。決して押し付けがましくならず、無理強いをせず、誠意を示し、相手の気持ちを尊重しながらボクの存在をアピールする。これほどの愛の力に彼女が抵抗できるはずが……。


「頑張ってくれたまえ。君のような人間に何を言っても無駄だろうから」


とまあ、こいつは人を殺さぬという一点以外は市橋達也と何も変わらない。市橋だって最初から殺すつもりで女を監禁したわけじゃない。人は誰でもこいつらと五十歩百歩の存在だ。あなたの家の近くでずいぶんきれいな女の人が喫茶店などやっているのを知ってなんとなく通ってしまう、そのうちどこかでバッタリ出会ってそこからひとつの物語が……なんてな夢想にふける程度のことは誰でもあるだろう。彼女の帰宅時刻を見定め後をつけるなんてことをしなけりゃ、何も問題はありはしない。

いや、問題はなくもない。店に七つしか席がないのに、その七席に七人のムサ苦しい男達が朝から晩まで二百円のコーヒー一杯で居座って動かぬようになってしまったら、その美人の女店主は一日一千四百円しかお金を得られないではないか。
作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之