ヤマト航海日誌
「ホントにバカね! シンジ、宝くじはね、買わなければ当たんないのよ? 当たる人間が出るように出来てることがわかんないの? 誰かが必ず当たるのよ。それがあたしになるってだけよ。あたしが買えば百パーセント当たるってことじゃーん」
「そうよ。確率はゼロじゃないのよ」
と再び赤木リツ子。かくして、〈スキヤ作戦〉が決行されることとあいなった。おれはかつて若い頃、銀座周辺でずいぶんたくさんの映画を見たが、数寄屋橋で宝くじを買う行列に並ぶ人々を見かけても常に横を素通りしていた。
それは十万も買うバカが十万人いるならば、プール額は百億円になるのだから、うち半分を五億ずつ十人に分けることができるであろう。そんな計算ができたのである。
パチンコは確率論がすべてなので、年に少しだがプラッている。アツくならずに打てるように萌え台などを選ぶのと、負けが込んだらひと月くらい打つのを休むのがコツだ。おれはしばらくパチンコ屋に行くのはやめようと一度決めたら、まったく平気でパチンコ屋に行かずにいることができるのだ。
〈スキヤ作戦〉はもちろん失敗。そこでシンジ君は言う。
「当たってよ! 今ハズレたらなんにもならないんだ。この作戦に全財産使っちゃったんだ。だから、当たってよーっ!」
ドクン。
〈ウノ〉の眼が光る。ルーレットがなんと再び回転を始めた。ミサトが驚愕に眼を見張り、そして叫ぶ。
「まさか、再抽選!?」
うおぉぉ――ん。
そこで伊吹マヤが言う。「シンジ君のシンクロ率が四百パーセントに達しています! まさかこんな……信じられません。これはつまり、五億円の宝くじが……」
「二十億円当たるってことなの!?」
ゲンドウが言う。「すべて予定通りだ」
ドドドドドーン――と、だから前に言ったろう。こういうアニメを本気で見てるとバカになるって。『エヴァ』はこれをやっちまうからこの後の展開がメタメタで、旧作がダメであったように新劇場版もダメダメにしかなりようがないんだ。『マトリックス』も2と3はダメだっただろ。
当たり前だ。〈120パーセント〉くらいだったらかろうじて見られる――〈130〉でもなんとか見られる――けれどやっぱり普通は嘘とわかるんだから、太平洋戦争の〈零〉の話でやるのはダメだよ――しかし、三倍四倍はやっちゃいかんのや。
宝くじはもしも当たったとしても人を不幸にしてしまう。『奇跡を起こせば確率論は無用』と謳う人間を〈心正しい〉としてはいけない。おれが『敵中』の冥王星篇を書き上げて出し、君が読むと、君のPCの画面から〈貞子〉のようにでろりんと這い出してくる女がいる。君に向かって三つ指を付いて、
「よくぞ兄の小説をここまで読んでくださいました」
「兄? いきなりなんなのでしょう。あなたは誰なのですか」
「わたしは島田信之の妹。兄は今、病院のベッドで息を引き取りました。今年の夏に投稿を再開したときにはすでに植物状態でした。兄は鬼子です。三倍の力などを求めたために、メタノール入りの覚醒剤を己に注射し、廃人となってしまったのです。しかしながらに手はPCのキーを叩き、小説をつむぎ上げていきました。愚かな兄。何をどう頑張ったところで、人間には1.3倍がいいところなのに……」
「ははあ。しかしあなたはなぜ……」
「今ここに現れたのか? それは、あなたに兄の遺志を継ぐ力があるからです。あなたならばこの小説の後を書き継ぎ、六部作を完成させることができるに違いありません」
「六部作? それはなんの話ですか」
「兄は今あなたが読んだ第三部『スタンレーの魔女』の後に、第四部『南アラブの羊』、第五部『ブランカルナの騎士』、そして第六部『痛ましきアルカディア』の構想を持ち、『敵中』を全六部作とする予定でおりました」
「南浦和に武蔵浦和、さいたま市、赤羽……?」
「そうです」
「それはどのようなものなのです。埼京線と『ヤマト』になんの関係が……」
「サイキョウセン? さあ、それはわかりません。わたしが知るのはタイトルのみです」
「しかし、それだけでどうしろと」
「言葉の意味を解くことでしょう。それでおのずと、すべきことがわかるはずです」
「ううむ。ボクにその仕事をやれとあなたは言うのですか」
「そうです。あなたは、兄を継ぐ者。題の意味を解いたとき、あなたは兄を書き継ぐ力が自分にあるのを知るでしょう。それはあなたが生まれながらに持ちながら気づかずにいた偉大な才能。兄はシャブの力を借りても1.3倍がせいぜいでしたが、あなたは三倍四倍です。どうか力を覚醒させて、〈ヤマト〉の旅を書いてください」
「しかし、勝手なリメイクなど……これは著作権法に触れるもので……」
「それがなんだというのです。兄は最初は、軽い気持ちでこの投稿を始めました。『どうせ「2199」なんか、「ヤマト」のエロ同人誌を刷って売り買いしてるやつらが作っているアニメじゃねえか。なんかあったらそう言ってやるだけだ』と言って……ですがそのうち、鬼か獣に変わったようになっていって、とうとうシャブに手を出したあげく、メタノールまで……」
「これを書いたらボクもそうなってしまうのですか」
「いいえ。あなたは三倍だから大丈夫です。兄が魂を削って獣になったのは、それ以前に書いた小説のためでした。『コート・イン・ジ・アクト』と題するそれを書いたのも、最初は軽い気持ちでした。内容からして、その第一話は原稿用紙百枚足らずの軽いアクションものなのです」
「文庫本なら60ページというところですか」
「そうです。しかし書きながら、兄は兄が若き日に強く心に衝撃を受けた〈女子高生コンクリート詰め殺人事件〉の被害者少女に捧げるつもりでいたといいます。藤田和日郎は『うしおととら』を〈マッチ売りの少女〉のために書き始めたといいますが、兄の場合は名も知らぬその彼女のためでした。しかし書いているうちに、次の話は通り魔だろうという考えが浮かび、さらにまた、と続けていって、遂に『クラップ・ゲーム・フェノミナン』と題する長編を書き上げたのです」
「その話、どのくらい長くなるんでしょうか」
「もう少しだけ付き合ってください。兄はそれを書き上げたものの、どうしたものか困りました。賞金稼ぎで稼げないやつは能無しです。新人賞なんかに出してもヘボと並べて比べられヘボに敗けるだけでしょうし、間違って受賞してもただ賞金を稼ぐだけで、どうせ本は売れやしません。兄は新刊書店には決して入らぬ人間ですから、もし万が一本が売れても、兄が自分の本を見るのは古本屋の棚ということになるでしょう。ましてや、文庫が百均の台に積まれてでもいたなら……兄は自分がそれを決して許さぬ人間と知っていました。おそらく、人が見てない隙に、全部カバンに入れてしまうに違いありません」
「『永遠の0』はタダで手に入れたのに」
「いいんですあんなのは。兄は自分が良ければそれでいい男なのです。ですがそれでも、自分のような人間が紙の本を出すことに疑問を感じないわけでもありませんでした。そこで電子書籍として個人で安く売るのはどうかと考えたのです」