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ヤマト航海日誌

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2017.10.31 戦いに勝てるやつが違うのは



『永遠の0(ゼロ)』の小説本をおれが図書館の廃棄図書コーナーで見つけてタダでいただいた話を前に書いたけど、ときおり中をめくってみるにつくづくくだらんシロモノだな。米空母〈ホワイトベース〉のブリッジでレーダー手が声を上げる。


「上空から本艦に接近してくるもの三つ! 戦闘機と思われます!」

「〈ゼロ〉か!」

「ですが艦長代理。このスピードで迫れる〈ゼロ〉などありはしませんよ。うち一機は通常の1.3倍の速度で空を飛んできます!」

「いってんさんだと? バカな。それでは〈コルセア〉より速いじゃないか。ジャップがそんな戦闘機を持っているわけが……」


と、そのとき艦長が言う。「ノビだ……」


「は?」


と艦長代理コーダイ。艦長のオキータは先の戦闘による負傷でキャスターベッドに寝ているのだが、コーダイはその口元に耳を寄せる。

そして言った。「〈永遠のゼロ〉のノビ?」

ブリッジに衝撃が走る。オキータは苦しげに、


「パールハーバーで四隻の戦艦がノビひとりに沈められ、一隻が大破させられた。に……逃げろーっ!」


と、全編がこんな調子だ。あれを見たか読んだ人にはあらためて説明するまでもないでしょう。『ビルとテッド』のタイムマシンで〈零〉の搭乗者を現代まで連れてきて、そいつが語るホラ話を全部本当のことだとして書いたかのようなシロモノだよな。

とにかく読んであきれるのは、現代に生きるダメ男のセワシ君に過去から来た彼の祖父である野比のび太が、


「〈レイセン〉は最高時速550キロ。急降下なら百キロ上乗せできるけれど、普通は決してそれ以上に速度を上げようとしてはいけない。空気抵抗に耐えられず、機体が空中分解してしまうのだ。翼が軋んだりたわんだり、ガタガタ大きな揺れが出たならヤバい徴(しるし)だから抑えねばならない」

「わかりやすい説明です」

「うむ。しかしおれが乗ると、〈レイセン〉は通常の1.3倍の715キロが出せた。これはあの戦争末期の米軍の新鋭機である〈マスタング〉や〈コルセア〉と同じかそれ以上なのだ」

「おじいさん。『この戦争末期』とかいう言い方を映画でも小説の中でもおじいさんがたびたび口にするのはなんだと評論家なんかが言ってるそうなんですが」

「そんなのは、どうせ売れない評論家だろう? ラノベ作家やウェブ投稿作家なんかは『これでいいんだということがわかってとてもうれしいです』とみんな言ってるんだろう?」

「ええまあ」

「だったらそれでいいじゃないか。その方が売れる。売れることが重要なのだ。おれの〈レイセン〉は715キロを出しても機体はまったくなんともなかった」

「ははあ」

「〈1.3倍、715キロ〉だぞ。この数字を守ることも大切なのだ。これが八百、九百、千……と、言うたび数が増えてくようだと、出渕裕と同じになってしまうからな。おれはほんとはマッハ1とか2とか3とか言いたいのを我慢してるのだ」

「〈三倍〉はダメなんですね」

「ダメだ。それはリアルじゃない。しかし〈1.3倍〉だと、すげーリアルな感じがするだろ。最高550の〈レイセン〉が715出せるのがリアル! 650で壊れるものがなんともないというのがリアル!」

「それですよ。おじいさんのお話はまさにそこが受けたわけです」

「これを取ったら他になんにもないからな。キモだよ。正しい心で乗れば、〈レイセン〉の力は1.3倍だ。他のやつらはお国のために乗っているからダメだった。そこへ行くとおれは自分さえ良けりゃ国はどうでもよかったからな。ルーズベルトが生きてるうちに日本が降伏してしまうとヤルタ協定が履行になって、日本は四つに分けられていた。東京もオーストリアのウィーンみたいに四つにされて、小岩(こいわ)とか綾瀬の辺りは〈東東京(ひがしとうきょう)〉なんて呼ばれることになっていたんじゃないかと思うな。そうなったらおれは軍のコネを使って、ヒロポンでも闇でさばこうと考えてたんだ。水増しして、シンナーとかメタノールとか混ぜてやってな。それが荒稼ぎのコツよ」

「ははあ」

「まさかルーズベルトの野郎が、ポックリ死にやがるとはなあ。あれがもうちょい長く生きてくれたなら、日本に落ちる原爆は十個になってくれたんだ。おれは特攻しなくて済んで、ヒロポンでガッポリ稼いでいたはずなのに……。日本の北半分は今の北朝鮮みたいになって、独裁者が人間核ミサイル〈アトミック・桜花(おうか)〉なんていうのを造っちゃたりしてるかもだよ。そうなったらおれはもちろんそっちについて、たのしいことさんざんしてやるつもりだった。ええと、セワシって言ったっけ。そうすりゃお前もほんとなら今、北日本民主主義人民共和国のキャリアエリートだ。地位にまかせてなんでもやりたい放題だぞ。東東京や千葉の辺りで女を拉致して連れてこさせて、ヒロポン漬けにしちゃったりして。ぐふふふ。お主もワルよのう」

「それが、〈正しい心〉……」

「そうだよ。何か間違ってるか? だから、まずはヒロポンだ。平成の今なら、そうだな、〈頭が良くなる薬〉とでもいうのを作って売ったらいいんじゃないか。『この注射を射てばアナタのお子さんの頭は……』とやればきっとバカが大勢飛びつくぞ。それと、小説家になりたいけれどその才能がないことがわかってるやつが自分に射ったりして」

「その薬をどうやって作ると言うんですか?」

「〈エビオス錠〉でも水に溶かせばいいだろう。それくらいは考えろよ。使えねえやつだな。お前、ほんとに抜けたことやらかしておれの身をヤバくするようだと、孫だろうとなんだろうと殺すぞオラ」

「はあ、どうもすみません……」

「あともちろん、メタノールは混ぜろ。それが稼ぐコツだ」

「メタノール? いや、そんなもん混ぜて、子供に射ったらその子は死ぬか失明するんじゃないですか」

「それがなんだよ。おれはなあ、重慶(じゅうけい)の街で空からガキを見つけちゃあバリバリ機銃を撃ちまくってやったもんだよ。おれのことを『お前は〈レイセン〉乗りのツラ汚しだ。〈空のサムライ〉と呼ぶことはできん』なんて言ったやつもいたけどな。へっ、くだらねえ。どうせ無差別爆撃やってんだからいいじゃねえかよ。なあセワシ、お前、あそこに見えるガキをひとり殺ったら二十万円やると言ったらどうする。ええ? 二十万、所得税なしだぞ。百人で二千万だぞ」

「はあ……それで〈ゼロ戦〉を1.3倍で飛ばせるようになったんですね」

「そうだが、どうでもいいけどよ。『ぜろせん』じゃなく『れいせん』つってくんねえかな。だから『2199』もこれでいくべきだったんだよ。地球人の戦闘機はガミラスのものに劣るけれど、加藤が乗ると1.3倍の性能になって互角にやれるようになる。そこまではいい。リアルだ。しかし出渕は、〈コスモレイセン〉に古代と山本が乗ると性能は三倍とする。しかもそのうえ四倍八倍十六倍と話が進んでいくにつれ倍々で強くなるようにしてしまう」

「ええまあ」

「それはやっちゃいけないんだよ。本当に変なやつしか見ないもんになっちまうから、〈劇場版〉を小屋に掛けても初日だけは満員になるが次の日にはガラガラなんだ」
作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之