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ヤマト航海日誌

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2017.10.26 わが青春のマリオン



第二次大戦後のウィーンで、ペニシリンを水で薄めて売ってた男がいるんですよ〜。なァ〜にィ〜、やっちまったなあ! 男は黙って、食塩水!

スイスの永世中立はポッポッポと鳴く鳩時計を世に生み出した。日本の憲法第九条は有楽町のマリオンビルにキンコンと鳴るからくり時計を生み出した。おれが若い頃、マリオンで何百本の映画を見たかとても数え切れないけれど、ビル前広場でからくり仕掛けが時を告げるのを見たのはタッタ一度きりである。まだあのビルが建って間もないおれが高校生のときだ。その後はあそこを歩きながらタラララランと音がして人々がUFOでも見上げるようにしてるところに出くわしても、足を止めずに通り過ぎてる。

って言うか、あの時計って、まだ今でも動いてるのか? 何しろ以前書いた通り、もう何年も映画館に行くこともなく銀座にだってトンとご無沙汰しているのだが、あのビルと〈タイム・マシン〉はまだあるのだろうか。『ビルとテッド』でビルを演じたアレックス・ウィンターという俳優はどこでどうしているのだろうか。

ビルはともかく、『ビルとテッド』のテッドの方の存在をおれが初めて知ったのも有楽町のマリオンだった。『バックマン家の人々』という映画に端役で出ていたのだが、それでも、見るおれの眼に光り輝くオーラのようなものが感じられた。こいつは、いつか世界を救う救世主となる者じゃないかと……いや、そこまででもなかったけれど……。

で、同じ頃、『ビルとテッドの大冒険』がやはりマリオンでやったのだけど、これはおれは見なかった。なんと、当時にこのおれが見ない映画というものが世に存在したのである。『ガンバス』とか『3人の逃亡者』とか『エリック・ザ・バイキング』とか『トレマーズ』とか、『レス・ザン・ゼロ』とか『セックスと嘘とビデオテープ』とか『ジャック・ザ・リッパー/殺しのナイフ』なんて映画まで見たおれでさえ見ない映画が!

見たのはレンタルビデオでだ。それも、おれが自分から借りて見ようとしたのでなかった。当時におれが住んでいた職場の寮に、『大冒険』を借りてきて「一緒に見よう」とおれに言ったのがいたのである。


「それか。あんまり見たくないな」


と、おれは応えながらも、彼とふたりでビデオを見始め笑い転げた。最後までヒイヒイ笑い通しであった。マリオンで見なかったのは不覚だったとおれは後悔したのである。

その一年後、おれが別の勤めを持って住み家を変え、その彼もまたどこかへ去っていったところに、続編の『ビルとテッドの地獄旅行』が全米ヒットというニュースが日本に伝わってきた。よし、今度はちゃんと見るぞ!とおれは思った。

テッドの彼が出る映画と言えばまだその頃は、『ラジオタウンで恋をして』とか『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』とか、新宿の某映画館だけが掛けるようなのばかりという時代だった。うーむ、あんなところに毎度通って映画を見ていたおれがどうして『大冒険』を見なかったのか。今あらためて不思議に感じるところである。

それにまた、あの寮の彼も他にもいろいろ妙なビデオを借りてきたけど、今はどうしているのだろう。パット・モリタとかブランドン・リーとか、そんなの主演の映画ばっかり彼には見せられたものだった。あとそれから、映画の他に『暴れん坊将軍』を彼は毎週録画していて、一度付き合わされて見たのをおれは覚えているのだが……。

ええととにかく、『ビルとテッドの地獄旅行』だ。じーんせーい、いいニュースあれば、悪いニュースもあるさ〜。続いて届いた悪い報せにおれはたまげることになる。「殿ーっ! 殿ーっ! 大変でござりまするぞーっ! 『ビルとテッド』が! 『ビルとテッドの地獄旅行』が!」


なんだなんだ。どうした、爺。


「一大事でございます。『ビルとテッドの地獄旅行』が、なんと劇場で公開されないということなのです」


なァ〜にィ〜、やっちまったなあ! 男は黙って――いや、黙ってはいられない。どういうことだ。それはどういうことなのだ。


「はッ。正確に申しますと、東京の映画館では興行しない。地方でのみ、『エルム街の悪夢』だか『13日の金曜日』のパート4だか5だか6かのオマケとしてコンビ併映されるという話です。今、殿がお住まいの町からいちばん近いところとなると、たぶん栃木の宇都宮か、茨城県の土浦あたりじゃないでしょうか」


おいおいおい、土浦つったら、下妻からならバスで二十分だけど、こっからだと二時間以上かかるんじゃないか? 電車賃だって……。


「まあかなりのものになります」


そうだろ? なんで? なんでそんなことになったの?


「さあ。理由はわかりませんが、一作目が日本ではコケたからじゃないですか。殿が見なかったくらいだから、誰も見なかったんでしょう。これ一本だけ劇場でやったところでしょうがない――そういう判断になったんですよ。きっとね。つまり、前作を見なかった殿が悪いんですよ」


そ、そんな……だって、テッドの彼だって、『ハートブルー』の主演でもって注目度が上がってきたところなのに……。


「誰です? ジェームズ・スペイダー?」


そう……いや、じゃなくて、なんだっけええと……。


「わかった。アンソニー・マイケル・ホール」


そう、それだ。


というわけである。おれは嘆いた。だいたい、『大冒険』をだな、アメリカでヒットした映画だからと言ってマリオンや他の大きな劇場で最初に掛けたのが間違いだと思ったのだよ。あの寮の彼みたいな人間だけが好んで選ぶ映画だとひと目でわかりそうなものなのに。〈彼ら〉はマリオンなんか行かんよ。まったく……許せん、人の世の生き血をすすり……。

それは『暴れん坊将軍』でなく『桃太郎侍』だった。『地獄旅行』は東京で見れない。さすがのおれも遠出までして見ようとは思わなかった。しょうがないからビデオで我慢することにしよう。

と思った後ですよ。じーんせーい、って、これは『水戸黄門』ですが、悪いニュースあればいいニュースあり。早稲田にある、その昔におれが『市民ケーン』とええとあとなんだっけを見たのと同じ名画座が、地方興行から三ヶ月ばかり後れで『ビルとテッドの地獄旅行』を掛けてくれることになったのです。ウォーウ、エクセレーント!(ここでエアギターを弾くこと)初日におれは勇んで駆けつけ、おれと似たような人間によって小屋が満員になりました。

――とまあ、前回のあれはそういう話である。『ヤマト』となんの関係があるって? 君、まさかそんなこと気にしながら読んでいたの? そもそもおれに『ヤマト』について何を語ることがあると思うの。

さて、この前はああ書いたけど、『第三の男』はおれの学童時代に少なくとも一度テレビでやってるらしい。なんでもおれが中学の頃にNHKが放映したとか……NHKか! たぶん、普通の人間が野球か歌謡番組か時代劇でも見てるような時間にか。そりゃ知らないよ。気づくわけないよ。中学生じゃあ……いや、ひょっとしてそんなこともあるかもしれないと書きながら思いもしたけどさ。けどそんなの調べようもなかったからあれはあのまま出すことにしたのだ。
作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之