夜
質問をする学生もそうです。あれは、あの元気さや爽やかさは彼ら彼女らの本心から、出てきているのでしょうか?もし、そうであるなら、私とは根本的に違う 人間なのでしょう。もし、あの動作や言動が演技なのだとしたら、私は、もう、その人を信じることができません。ああいう人たちを要領が良いと言うのでしょ うか?それなら、私は、要領が悪くても良い。正直でいたい。でも、正直ですらなかった私はどうすれば良いのでしょう。
面接が始まると、いよいよ、私の嘘は膨れ上がっていきました。面接での私はピエロでした。ゆっくりと、着実に、静かに私を、面接官を騙していきました。 面接官への見世物でした。自信があるように見せかけ、騙し、笑いを取り、阿諛追従。一片の矜持も無く、ただ相手の望んだピエロを演じ続けました。私の相性 の良し悪しを見分ける能力が如何なく発揮され、どの面接官にも良い印象を与え続けました。そして、今の会社に入れたのです。
そして私は気がつきました。自分がピエロであったことを。それは、会社と相性があっていないことが証明しました。もし、正直に自分の思ったこと、考えて いることを面接で話していたら、この素晴らしい会社に私は居なかったはずです。もっと、地味で目立たない会社、それでも世の中の役に立っている会社に入っ たはずです。
私は嘘をつきました。その嘘は私を良い方向へ導く嘘でした。その嘘にだまされ続けていれば、私は、会社を辞めることも無く、立派にはつらつと生きていけ たでしょう。ピエロで居続けたでしょう。いえ、自分がピエロだったと気付きもしなかったでしょう。私は会社でも大学でも常に恵まれていました。不満を申し 上げるつもりは毛頭ありません。ただ、自分の嘘に耐え切れないのです。自分のずるさや嘘を許せないのです。
今、外では雨が降っています。何千、何万の雨粒が私に当たっています。その一粒一粒が当たる度に、私の心をじわりじわりと急き立てます。きっと、きっ と私はこの会社を辞めます。生活のあてなどありませんが、きっと、辞めます。私は自分に正直に生きたいと思います。今日のこの雨を、気持ちを、大事に忘れずに、きっと生きていきます。この雨を頼りに、私は生活していきます。」
そうなのだ。男に言われて初めて気がついたが、周りを見渡すとすでに水溜りができているほど雨が降っていた。その雨はしっとりと静かにこの公園に降り注いでいた。男は私など初めから居なかったかのように一瞥もくれず立ち上がった。まるで、糸の切れた操り人形のようにぐったりとした身体を引きずって、男がきた方角へ立ち去っていった。
私はすぐさま家に帰って、記憶の薄れないうちに男の会話を何とか書き出してみた。一部間違えている場所があるかもしれない。しかし、この男の独白を聞いた私には責任がある。この男はきっと弱い人間なのだろう。誰にも言えずに半狂乱になり、私を見つけて話出したのだろう。私は人に同情したりされたりするのが大嫌いである。しかし、そんな私でも同情を掻き立てられる、何か、説得力を男に覚えた。
ここまで考えて公園を出ることにした。この男とは私のことである。