君と見た空
Episode.3 彼女の吐いた嘘
うっすらと目を開けて、小鳥は小さく伸びた。
「……ん」
もぞもぞと手を伸ばし、彼女は頭上の目覚まし時計を手探りで探す。
普段なら、すぐに見つかるのに今朝は見つからなかった。
それでも、諦めずに手を動していたが、結局時計を見つけられず、小鳥はしぶしぶ身体を起こす。
眠い目を擦りながら、目覚まし時計で漸く時間を確認して、もう少しなら寝ていよう、などと考えていた小鳥はぱちりと目を大きく見開いた。
ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した後、自分の隣をちらりと見れば。
穏やかな顔で眠る葵の姿が目に入る。
「……っ」
驚いて、思わず彼との間の距離を取ろうと後退すると。
どんっ。
「……いったっ」
「……何やってんだよ」
ベッドに身体を打ちつけた小鳥の隣から呆れたような声がする。
そういえば、今は葵が自分たちの寮に居候している事を小鳥は思い出した。
「大丈夫かよ?」
と手を差し出されて、小鳥はその手を取って体勢を直す。
「……うん」
大丈夫、とぶつけた場所を小鳥が擦っていると、ピロリピロリと聞き慣れた携帯電話の着信音がなって、慌てて彼女は携帯を取った。
「も、もしもし」
慌てる小鳥を見ながら、もう少し寝るか、と葵が目を閉じるが。
「おばさん!!」
という小鳥の声に慌てて、葵は起き上がった。
小鳥がおばさんと呼び、なおかつ彼女の携帯番号を知っている人間なんて、そういない。
きっと自分の母親だろうと、葵は眉を顰める。
小鳥も突然の葵の母親の電話に驚きつつ、携帯電話を握る手に力を込めた。
「ごめんね、小鳥ちゃん。こんな早くに」
「大丈夫です。それより何かあったんですか?」
葵の母親からの電話は珍しく、一瞬、小鳥は彼女の身にあったのではないかと不安になる。
「それが葵の事なんだけど」
「あ、あーちゃんの?」
葵の事と言われて、小鳥はぎくりと身体を強張らせた。
ちらりと葵を見れば、彼は俺の事は言うな、とでもいうように小鳥を睨む。
やっぱり、そういう事か、とがくりと肩を落としながら、彼女は葵の母親との会話に集中する。
「ねぇ、小鳥ちゃん。そっちに葵が行ってない?」
その言葉に小鳥の心臓がびくりと跳ねた。
葵は優等生で今まで親を困らせた事がない。
その葵が急にいなくなって彼女も驚いているのだろう。
そう考えると、ちくりと小鳥の胸が痛んだ。
だが、葵は絶対に言うなよ、という目で自分を見ていて、小鳥は覚悟を決める。
「……来てません」
あーちゃんは来てません、と言えば、葵の母親のため息を吐く声が聞こえた。
「……そう」
わかったわ、と言って、彼女は話題を変える。
「それより、小鳥ちゃんは元気?」
「は、はい」
元気です、と小鳥が声を張り上げれば、彼女は笑ったようだった。
「それなら、いいの」
じゃ、またね、と言って、葵の母は電話を切る。
切れた携帯電話をしばらく小鳥は見つめていたが、へなへなとしゃがみ込んだ。
「小鳥!?」
「…………いちゃった」
おばさんに嘘を吐いちゃった、と繰り返す小鳥に葵は申し訳ないという気持ちになる。
「……ごめん」
そう彼が呟くと、小鳥はぱっと顔を上げて、小さく微笑んだ。
「あーちゃんは謝らないで」
謝らなくていいの、と言って、小鳥は笑みを深める。
「覚悟はしてたの」
あーちゃんをここに泊めるって決めた時に、と告げる彼女に葵は目を丸くして。
「……そうか」
「うん」
そう言って笑う小鳥は明るかったけれど、どこか寂しそうにも見えて、葵は心の中で謝罪の言葉を繰り返す。
うつむく葵をきょとんと小鳥が見ていたが、ぽんと手を叩いた。
「ねぇ、あーちゃん」
「……何だよ」
名を呼ばれて葵が顔を上げると、柔らかく笑う小鳥の顔があって、慌てて視線をそらす。
だが、小鳥はそんな彼の様子を気にする様子もなく続けた。
「あのね、朝食を食べたら、一緒に出かけようと思って」
「は?」
「ね、いいでしょ?」
いきなりの事に葵は面食らうが、嬉しそうな小鳥に反論する事ができずに頷く。
「ああ」
わかった、と葵が答えれば、小鳥は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「楽しみだね、あーちゃん」
「だから、あーちゃんはやめろよ……」
と葵が嫌がっても、彼女は朝食は何を食べるー、と人の話を聞く気配はなく。
「玉子焼き」
あんまり甘くないやつ、と答えた彼に小鳥は楽しそうに頷く。
「僕のもね」
よろしく、と聞こえてきた悠の声に、小鳥ははい、と頷いてから笑った。