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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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 大正四年一月五日、新撰組の同士、永倉新八が小樽の地で永眠したのであった。あの新撰組の慰霊碑を共に作って以来、何故か藤田とは音信不通であった彼だったが、藤田同様、老いても新撰組の生き残りとしての凄味を失わなかったと伝えられているのである。五郎が永倉にしろ同じく生き残った島田魁にしろ、生き残った元新撰組隊士とほとんど交渉を持たなかったのは、あの時代の彼が最も『死人暗示』が強く、極めて凄惨に粛清を行っていたからなのかもしれない。つまり、元新撰組の隊士と会うことは、そう云った自分自身の所業を思い出さざるを得なかったのである。
 藤田五郎は素子を失って以来持病の胃の調子が悪く、時尾やみどりの世話を受けることが多い日々を過ごしていたが、九月二八日、寝室で臥せっていた彼が突然、こんなことを言い出したのだった。
「時尾、みどりさん、済まないが、松平容(かた)大(はる)公に下賜された羽織りを着させて、仏間に連れてっておくれでないか。」
 あいにく勉が家におらず、二人は力を合わせて彼に羽織りを着せてから隣の仏間に連れていくと、
「正座するから手伝ってくれんか。」
と今度は頼まれ、背の低い時尾と雰囲気がやそに似ているみどりの二人が背の高い彼を左右で支え、ようやく正座して仏壇に向かわせたのである。その姿は、かつてやそと時尾と挙げた祝言の時の姿にも似ていたのだった。五郎は仏壇に挙げてあった、かつて時尾が手作りした『やそ』と平仮名で書かれた位牌を、震える手で何とか取り出して懐に入れると、目を閉じて手を合わせ、熱心に祈り始めたのである。しばらくそうしているので、時尾とみどりが同時に、
「五郎様。」
「お義父(とう)様。」
と声を掛けても、彼からの返事は無かったのだった。時尾は反射的に彼の脈を取ると、既にこと切れていたのである。死因は胃潰瘍、享年七二歳であった。ついに何者にも倒されなかった藤田五郎も、病の前に倒れたのである。泣いているみどりの横で時尾もまた涙を流しながら、仏壇に静かに手を合わせてこう祈ったのであった。
「五郎様、本当に長い間ご苦労様でございました。そしてやそ様、一様をたった今お返し致します。来世でまた、かの方を巡って争いましょうぞ。」
 それは、秋晴れのさわやかな日の出来事だったのである。
 五年後の大正九年十二月二四日七四歳で、藤田時尾は彼の後を追い、やそと五郎を巡る結着の付かない争いをまた始めにいったのであった。
                                
                    了
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