俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(下)
第15部 最後の膿ぐらい
(1)
俺を尻目に
意気揚々と
エレベーターに乗り込む
あの野郎
あろうことか
横にはあんた
真夜中の
ドライブ以来
ただでさえ不機嫌の
かたまりみたいな
この俺が
行くとロクなことがない
お袋のホテルで
出っくわした
この世で一番
見たくなかった
二人連れ
あんたこそ
二股じゃないかと
負け惜しみ
丸出しで
突然仕事を
投げ出しといて
それでもプロかと
破れかぶれに
嫌味も言った
唇噛んで
睨んできたけど
あんたはもう
うんもすんも
言わなかった
契約なんて
虫のいい
虎の威借りて
得意になってた
マヌケな狐
あのころの威勢は
どこへやら
奴のとなりで
黙るあんたに
今じゃもう
手も足も出ない
万事休す
ちゃちな芝居の“元”相方は
ひとり惨めに
エレベーター降りた
奴とあんたを
中に残して
わかってる
言いがかりなんか
今さらつける
資格も権利も
俺にはない
それでも
あんたを
放したくない
絶対に
手放したくない
あんたを
他の男になんか
たとえ死んでも
渡したくない
そしたらもう
潔く
降参するしか
ないじゃないか
いいかげん
年貢の納めどき
九分九厘
縁という縁も
切れかけた
この瀬戸際で
張りとおすほどの
意地なんか
俺にはもう
残ってない
見栄と卑怯が
死ぬほど嫌いで
いつだって
本音ひとすじ
真っ向勝負を
地で行くような
豪快なあんたに
今さら意地張って
何になる?
返り血浴びるの
百も承知で
醜い膿を
えぐってくれた
奇特なあんたに
今さら俺が
とりつくろって
何になる?
降参だ
あんたが好きだ
ずっと前から
悔しくて
腹が立つほど
最後の膿ぐらい
自分一人で
始末する
あんたが見てる
目の前で
見届けてくれなんて
今さら言えた
義理じゃないから
下駄はあんたに
預けるけど
白状する
もう
取りつく島も
ないかもしれないけど
潔く
堂々と
降参する
(2)
とにかく2人で
話したかった
人目につかない
場所ならどこでも
構わなかった
取って返した
ホテルの最上階のバー
奴には力づくで
ご遠慮ねがって
血相変える
おまえの手首
有無を言わさず
ひっつかんで
無理やりバーから
引きずり出した
あらん限りの
雄叫び上げて
逃げようともがく
おまえはまるで
突然
生け捕りに
されて暴れる
野生の猛獣
俺がもし
ただの行きずりの
誘拐犯なら
あの場で即
計画は
断念してる
じゃなきゃ
こっちの
身が持たない
おまえを引きずって
どこをどう
歩いたやら
とにかく下まで
下りたこと
じたいが奇跡
俺を罵る
大音量の館内放送
やめそうもない
おまえのその口
一刻も早く
ふさぎたかった
とにかく
まともに
話したかった
下りた1階で
無理やり
そこらの脇道それて
文字どおり
口で口をふさいだ
ほかにおまえを
黙らせる方法なんて
俺は今でも
思いつかない
口げんかじゃ
とても勝ち目のない俺が
気持ちを伝えうる
たった一つの
方法だった
案の定おまえは
びっくり仰天
大暴れ
全身で抗議して
俺を突きのけて
イカれたのか
酒でも飲んだか
得意の浮気かと
まくしたてた
「イカれてない
酔っ払ってない
はずみでもない
おまえが好きだ」
まるっきり
やけのヤンパチで
誰が聞いたって
潔い白状には
ほど遠くて
最後まで
ぶざまこの上ない
膿の後始末
サムスン
おまえが好きだ
正真正銘
本心だ
ひねくれるのも
しらばっくれるのも
もう懲りた
言えと言うなら
何度でも言う
おまえがまだ
聞く耳持ってくれるなら
でもそんな自信
さらさらなかった
何を今さらと
今にもおまえが
ため息ついて
笑い出しそうで
針のむしろも
いいとこだった
「贅沢言いたい
わけじゃないけど
よりによって
なんでここなの?」
とぎれとぎれに
しゃくり上げる
思いがけない
おまえの声
ごもっとも
人目を避けて
それた脇道の
その先は
こともあろうに
去年のイブの
あのトイレ
男が女に
告白しようって
ふつう連れ込む
場所じゃない
わかってたけど
醜い膿を
始末したくて
気がついたときは
もう飛び込んでた
避難場所
トイレだろうと
何だろうと
あっただけでも
御の字だった
ごめん
弁解にもなってない
肝心かなめの
おまえの答えを
見るなり聞くなり
するまでは
空恐ろしくて
いたたまれなくて
これ以上
言葉なんか
思いつかない
力尽きたという顔で
やおらおまえは
つぶやいたっけ
「好きなら好き
嫌いなら嫌い
それだけじゃない
何がそんなに
難しいの?」
あとからあとから
ボロボロあふれて
止まない涙
今日は
いつかのイブみたいに
真っ黒じゃ
ないんだな
おまえのほっぺた
そっとぬぐって
抱きしめた
おまえは
逃げなかった
怒鳴りもせず
俺を突き飛ばしも
しなかった
これが答え?
おまえの答え?
作品名:俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(下) 作家名:懐拳