俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(下)
第12部 どろぼうに財布預けて
恋人が
ある日突然
去った理由
間抜けな男が
3年も
惨めな自問自答して
ちんぷんかんぷん
さじ投げ果てた
その理由
当の本人
今ごろひょっこり
現れて
種明かししたく
なったとさ
ありがたすぎて
涙も出ない
恋の末路の惨めさに
3年も
のたうち回った
哀れな男の鼻先に
謎解きしてやる
感謝しろって
当の本人が3年ぶりに
ひょっこり
ぶら下げてきたニンジン
馬じゃなくたって
飛びつきたくも
なるだろう
涙々の嘘八百か
しらじらしい
開き直りか
どっちにしたって
乞うご期待だ
とにかく
真相が聞きたくて
頭は沸騰寸前だった
あんたが俺に
叫んだのは
最高に
気もそぞろで
心ここにあらずの
あのとき
「この
煮え切らない やさ男!
なのに
好きになっちゃった!
行かないでよ
この人でなし!」
ほとばしる
愛の告白か
はたまた
決闘の申込みか
判じかねる
勢いだった
ほんの一瞬
我に返った
海と山しか見えない
チェジュの
あの片田舎の
一本道で
返事しなけりゃ
刺し違えそうな勢いで
あんたは俺に
挑戦状を
突きつけた
俺はといえば
その挑戦状
あっさり無視して
その場で破って
放って捨てた
うんともすんとも
返事もしないで
止めたタクシーに
乗りこんだ
誰が見たって
敵前逃亡
それでもあれが
あのときは
俺が尽くせた
最高の礼儀
あれ以外の反応は
とうてい無理だった
今となっては
言い訳にも
ならないけど
一歩まちがえば
俺は言ってた
「これ以上俺に
どうしろって?
あんたとは
芝居なんだぜ」って
「目の前に
俺一人しか
いないのに
そこまで律儀な
演技はいらない」
「言うに事欠いて
好き?
よりによって
今の今?
嫌がらせにも
ほどがある」って
昔の恋の
謎を知りたい
一心で
あんたの捨て身の
挑戦なんか
とてもじゃないが
まともに受ける
余裕もなくて
その場しのぎに
口元まで
出かかった皮肉
鼻で笑って
言いかけて
それでも
良心の最後のかけらで
どうにかこうにか
飲みこんだ皮肉
今にも
爆発寸前の俺が
よくもまあ
すんでのところで
口をつぐんだ
能面みたいな
うつろな顔で
あんたの前から
消えただけでも
むしろ上出来
褒めてくれって
言いたいぐらいだ
ぶっ壊れた
俺の頭の
やじろべえが
あの場で迷わず
選んだのは
結局
あんたじゃなくて
昔の恋
少々昔の恋ぐらい
頭の記憶で
取り戻せるって
意地と未練が
出しゃばった
良心に照らせば
何よりこれが
最善なんだと
たかをくくって
嘘ぶいた
幼稚といえば
あまりに幼稚
単純といえば
あまりに単純
今ならわかる
あんたが俺に
食ってかかった
あの瞬間より
ずっと前から
もしかしたら
ピアノを弾いた
夜なんかより
ずっと前から
俺はもう
あんたに心を
預けてた
だから昔の
恋人の元に
戻ったつもりに
なってたのは
何のことはない
心なんか
空っぽの
のんきな頭と体だけ
出逢って
たかだか数カ月
腹立たしいけど
とっくの昔に
あんただらけに
なってしまってた
俺の心
どろぼうに
財布でも
預けるみたいに
ご丁寧にも
あんた本人に
あんただらけの
心を預けて
預けたことにも
気がつかないで
昔の恋に
戻って行った
タクシーを
降りるまで俺は
意地でも右を
向かなかった
窓いっぱいの
ハルラ山
とても見る気には
なれなかった
作品名:俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(下) 作家名:懐拳