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花は咲いたか(もうひとつの最終章)

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 戦が終わったとはいえ、新政府の残党狩りは厳しく土方歳三はその一番の標的にされている。当然だろう、撃たれて戦死したと伝わったが誰も埋葬場所を知らないのだ。
 日に日に歳三の身体は良くなり支えがあれば歩けるようになった。
 厳しい残党狩りになぜ見つからずにいるかといえば、案外箱舘の近くにいたことと、決して動かなかったことに他ならない。
 うめ花は献身的に看護を続け、歳三の命を存えるために尽くしているが、あれから笑うことをやめてしまった。
 山の中で小動物を撃つだけだった猟師の娘が、歳三に出会って戦いの中に身を置き人間相手に銃を向けることになった。戦だから仕方がないのだが、最愛の男に銃を向けたことが、うめ花から笑顔を消したのだ。

 歳三の身体はすっかりもとに戻っていた。
「うめ花、もう身体は元通りだ。お前も笑ってくれないか」
 歳三はつとめて明るい笑顔をうめ花に向けた。だが、うめ花の表情はさえない、かえって顔を背けそそくさと小屋の外へ出て行ってしまう。
 歳三は深いため息をついた。どうしたら良いかわからないのだ。笑ってくれない原因が怪我のせいなら、早くよくなればいいのだとあえて気にしないようにしてきた。だが、怪我が治ってもうめ花は笑わない。
 初秋の月が明るい夜。
 いつになくうめ花は街からたくさんの荷物を運び込んだ。
「こんなにどうするんだ?冬ごもりには早いだろう」
 と尋ねる歳三に
「そうですか?でもいつ雪が来るかわかりませんので」
「まだ、9月だぞ?」
 小屋の中に歳三の寝息が規則正しく聞こえ、冴え冴えとした月の光が外の地面の小石を照らす。
 うめ花はそっと布団を抜け出すと、小屋を出た。草むらの中から風呂敷包みを取り出し、背に斜めに負う。そして夕霧をつないでいる小屋へ足を忍ばせていく。
「俺を置いて行くのか?」
 風呂敷包みを負った背がびくりと揺れて足が止まる。
 後ろからうめ花の腕をきつく捕えその身体を振り向かせる。
「俺はもう用済みか?だから捨てていくのか?」
 うめ花は必死に首を振っている。
「そんな事!違います。用済みは私です、もう義豊さんの側にいてもする事がないっ」
 必死に頭を横に振り、全身を硬直させて叫ぶ。ここに来てから、人目を気にして大きな声など出したことがないうめ花だったが、今はただ必死に歳三の言葉を否定する。
「いいから俺を見ろっ!俺の命を救ったのはお前だ、だから捨てられても仕方がない。だが、自分を責めるのはもうやめろ。苦しいだけだろう、お前が俺を撃ったのはただ、俺の命を救うためだったはずだ。お前に救われて、俺は感謝しているそれだけは忘れるな」
 歳三の黒い瞳が月の光を受けて揺れている。
「行け」
 歳三の優しい声がうめ花を促した。
 うめ花はそっと、歩き出す。
「ぐっ」
 突然、草むらの中へ飛び込み身体を丸めると大きくその背が揺れた。2度3度と激しく咳き込み苦しげだ。
「おい、どうした?」
 歳三の手が肩に落とされる。
「来ないでっ、見ないでください」
 きつい言葉とは裏腹に、身体は小刻みに震え自分の腕で自分を抱きしめているうめ花が、触れると散ってしまう花のように儚げに見えた。
「お前、もしかして」
 うめ花を小屋の中へ戻し、その身体に腕を回したまま歳三は呟いた。
「お前からもらった命だから偉そうなことは言えないが、やっぱり俺の側にいてくれないか。こうして生きてるってことは、俺にはまだ生きてやらなければならん事があるということだ。それが、お前と生きるってことなんじゃないかと思う」
 あの時に見た摩利支天は、それを告げに来たのだと歳三は心の中で感じている。
 うめ花は肩を震わせ泣いている。両頬をとめどなく涙がこぼれていく。
「私が義豊さんを撃ったのに・・・」
 歳三はうめ花の背をなでながら言う。
「あの時撃ったのは摩利支天だ、摩利支天がお前の身体を借りたんだ」
 こんなか細い肩に、一人の男の命と歴史の一端を背負ってしまった事こそ、辛く苦しかったはずだ。
「新選組の土方歳三はもういない。これからはただの義豊として生きていく、お前とな」

 新選組の土方歳三は、使命を全うした。
 武士にあこがれ、尊王攘夷と倒幕の嵐に自らの身を投じながら時代に流されることなく新選組の土方歳三としての役目を終えたのだ。
 270年の間存続してきた幕府に陰りが見え 誰もが尊王攘夷を唱えた。時代の波に乗ろうとした者。その波に逆らった者。そして数限りない命が時代の流れの中で散った。
 この流れの中では、志が潔いばかりでは生き抜くことは難しく、ずるがしこく波を乗り切って次の世の表舞台に華々しく名を挙げた者もいる。
 それを歳三は(時代だ)と思う。
 時代が、あの時、自分を必要としたのだ。
 なんの抵抗もなく幕府が自然崩壊し次の時代が訪れたなら、自分は多摩を出て京にのぼることはなかったろう。
 多摩の石田村で、薬売りの歳三として人生を終えたはずだ。商人になることもできず、百姓も嫌でぶらぶらしていたのは(時代)が自分を呼ぶのをおのれの魂が知っていたからだ。
 京の都で鬼と恐れられた新選組副長は、時代の流れの中で友と別れ敗戦から再生し復活を果たした。そして蝦夷へ。
「俺は嬉しいんだよ、明治という時代をこの目で見ることが出来る。そして次の世代に新選組を語り継ぐことができる。内藤隼人にな」
 うめ花の下腹にそっと掌をあてながら歳三は呟いた。

 いつの間にか大きく明るい月は小屋の真上にさしかかり、開きかけたすすきの穂を銀色の優しい光が包んでいた。


             完