正しい在り方
「それはこんなふうに笑うため?」
彼女はテレビの横にある聖母の顔を示した。
「こんな風には笑えないかもしれないけれど、でもこうあることだけが幸福だとは限らないんじゃないかな?」
彼女はその皿をスタインウェイの隣、ソファーの背後にある木目の美しいノルウェー製のリビング型テーブルに音もなく乗せると、どこかへ行ってしまった。
僕は椅子から立ち上がり、カウンターテーブルにある電話のもとに行った。そして会社に電話して、受付係に休むと言伝を頼んで、事務的に受話器をおろした。そして僕は共同空間を抜け、玄関に通じ、両端にそれぞれの部屋のドアがある廊下を進み一番玄関から近いドアの前で座り込んだ。
「ねえジェフは結局何になったんだい?」
ドア越しに彼女の声が聞こえる。
「ジェフは星になったの、でも途中で香耶が恋しくなって謝って、詩人を諦めて医者になったの。」
「僕と同じだね」
「でもジェフは生きてて楽しいって。」
「どうして?」
「それはジェフだからじゃないかな?生きるのを肯定する要素は、その個人にあると思うの」
「何の本に書いてあったの?」
「夢の中でマリア様が仰ったの」
水が落ちる音が聞こえる。
「アリスはどんな娘?」
「生きてない、死んだように凍えながら生きてるの。」
「どうしてピアニストになりたいんだろう?」
「ピアノしか彼女を愛してくれないから。」
「自分から他のものを愛せばいい。」
「愛は運が絡むから。」
「マリア様でもかい?」
何かが流れる音がした。時計の音がどこからか聞こえてくる。
「マリア様でもよ。」
僕は泣いていた。
「じゃあ、この世には君以外の女神はいないわけだ。」
「女神はお母さんよ。それは永遠。」
「内包しているのは死その物だ。」
「それが女神だもの。」
僕は永遠にスタインウェイはそこに在って、音を奏でると思ってた。でももうあの鍵盤を見ることはないんだろうなと思った。