rainy blue もう・・
「バカ!、ジョークの分からない奴だなぁ。」
「フフフ・・、あなたこそジョークの分からない人・・。ところで、Sさんの事、覚えてる?」
「ああ、あの秀才か? 確かO女子大に合格したんだよな?」
「うん・・。そのSさんね、潤ちゃんを見る時、特別の目で見てた・・。気付いてた?」
「ああ、何だかやけに敬遠されてた印象はある。」
「バカねぇ、そんなんだから未だに一人で居るのよ。あの人、絶対あなたに気があった。」
「おっ、言い切ったな? 有り難いお言葉だけど、まず、そんな事ないさ。」
そんなこんなで、河岸をかえて昔の思い出話になりそうだ。
それぞれの 世界
食事を終えた俺達は、俺が時々行く居酒屋に・・
「こんな処しか知らないけど、まあ話は出来るだろう。」
「うん、何処でも好いよ・・。それに、潤ちゃん、作業服の上にジャケットだけじゃ、まさか洒落たお店って訳には行かないわよ。」
店に入った途端、
「おお、浮舟くん、お前が女性連れなんて珍しいなあ・・紹介しろよ。」
と・・。見れば、会社の同僚が数人で飲んでいた。俺は、簡単に彼女を紹介して、彼等から離れて席を取った。
「ガラ悪そうだけど、良い奴等なんだ・・」
と、ちょいと同僚を持ち上げる発言を・・。多恵は、
「あなたの学生時代の事を思えば、あの程度のガラの悪さなんて可愛いものよ。」
とケラケラ笑った。そして、
「ねえ、B高校に○○ってのが居たのを覚えてる?」
と訊いた。
当時、同じ街に在ったB高校の奴等とは、浅からぬ付き合いをしたものだ。其処に居たB・・?と考えるうちに、彼の姿が浮かんで来た。
「ああ、覚えてる・・。で、一体あんたが何故あいつの事を知ってるんだ?」
「彼ね、私の父の従兄の子なの・・」
「・・あ、そう・・。世の中、意外に狭いな・・」
「そう・・、狭いのよ。あのね、何時だったか父が法事で従兄と出会った時、潤ちゃんの話が出たんだって・・」
B校の○○は、ちょいと有名なやんちゃ者だった。が、話は、少し前に遡る。
俺は、或る時、B校の四人に取り囲まれた。大体にして、1対4なんて、テレビ・映画の中じゃあるまいし勝てる確率は非常に少ないのだが、行きがかり上、逃げる訳にも行かず、結局、俺は、彼等にボコボコニされた。
所詮行けない事は分かっていた大学だが、俺は、受験だけしてみようと猛勉強していた頃だった。受験費用、交通費、そして、ある目的に使う貯金をする為にバイトまでしていた俺は、結構忙しかった。しかし、面白くない。俺は、四人を一人ずつ順番に・・。1対1ならどうって事はない。二人まで片付けた時、出て来たのがBだった。
(今ならどうってことない子供の喧嘩だけど、当時は、いっぱしのワルを気取って居たんだな、みんな・・)
「いろいろ遣ってくれてるらしいな。喧嘩は俺達に任せて、進学校の奴なら、勉強だけしてりゃ良いんだよ。」
とか言う初対面のB。俺は、彼と向き合って黙っていた。その俺を見て、
「またボコボコニされなきゃ分からないのか・・」
とか、そんな事を言いながら、俺に向かって来て・・、結局、彼がボコボコにされちまった。
多恵の父親の従兄は、その事を法事の席で話したらしい。
彼女の父親は、帰宅後、彼女に俺の事を聞き、
「いくら学生の喧嘩とは云え、Bの怪我の様子を聞けば見過ごしに出来ない。学校に届けるつもりだ。」
と、彼女に言ったそうだ。
それを聞いた彼女は、俺の為に必死で、最後は泣きながら学校にだけは届けない様に訴えた。
その姿を見た父親は、
「お前がそこまで庇う子なら・・」
と、そのまま口を噤んだ。
ちょいとアルコールが回って来た彼女が話した意外な事実だった。
「俺は、あんたのお陰で、高卒って履歴書に書けるんだな。遅れ馳せながら、ありがとう・・」
「良いって事よ、おにいさん。」
「何だよ、その口の効き方は・・」
「ちょっと時代がかってた・・?」
「ああ、・・ちょっとだけ。」
「あのね、父と言い合って、その後の話が有るのよ・・」
「・・?」
「一応、気が静まってからね、『お前が、あんなに必死で、泣きながら・・なんて、今までに見たことがない。黙っておくと言ったからには、何も言わないが、お前、あんなワルと付き合うんじゃないぞ。』ってね・・。私、暫く父の言った意味が分からなかった。でも、少し後で、分かった・・。それを見て、また父がね、『どうした? お前、柄にもなく顔が赤くなってるぞ。』って、母と顔を見合わせて、『青春だな・・』なんて笑うのよ・・」
「・・・俺、自分の知らない処で、随分モテてたんだな。秀才のS、・・それにあんたまで・・」
「なによ、偉そうに・・、全然気付かなかったくせに・・」
「まあ、所詮、若い時の話だ。若い頃ってのは、自分とは別の生き方をしてる者に興味が湧くものだから。」
俺は、そろそろ、この居酒屋を出なければ・・と感じた。
俺も人の子だもの。こんな話が続けば、あとはどうなるか分からない。
「さあ、送って行くよ。」
「ええ、もう・・?」
「ああ、食べたし、飲んだし・・、懐かしい人に出逢って思い出話も出来たし・・」
「・・そうね。・・じゃあ、送りたまえ、浮舟くん。」
「はいはい・・」
生まれ故郷から離れての一人住まい。何かと気疲れも有る。そんな二人、郷愁めいたものに加えて、それぞれ心に仕舞っている誰にでもは話せない哀しさ。
期せずして出逢った男と女が、それを芽生え始めた愛だと錯覚する前に・・
これだけは 譲れない
この街に来て、仕事を探した。
別に職種なんて何でも構わないのだが、幾つか受けた面接の時、俺は、
「毎年〇月〇日から三日間は、どうしても休みを頂きたいのですが・・」
と必ず最初に言った。面接担当者は、みんな 「?」 ってな顔で俺を見た。
今の会社の前に働いていた処。ひと月前に休暇願を届けたのに、
「丁度大きな受注があるから、何とか休まないで・・」
と上司。俺は、何度かお願いを繰り返したが、どうしても認められない。
「仕方ありません、辞めさせて下さい。」
と、休暇願を辞職願に変更した。俺には、その日が何よりも大切なんだ。
「仕事、辞めちまったよ・・、バカだなぁとか思ってるかい? まあ、一人食べて行くくらい心配はかけないから・・。それより、また会えた事の方が何倍も嬉しいよ・・」
俺の大好きな婆ちゃんが眠る墓に着くなり、俺は、立ったまま心の中で呟いた。
そして、周りの草取り、墓石の掃除を済ませ、その傍に座り、買って来たコロッケを三つ食べた。勿論、婆ちゃんにも供えた。
そして、婆ちゃんと同じ方向を向いて、そこから見える景色を黙って長い時間二人で眺めた。何だか肩が軽くなって来たので、
「じゃあな、日本に居たら来年もまた来るよ・・。」
と、これも心で言って、軽く右手を上げ、坂道を下った。
その道筋に在る、よっちゃんとその親父さんが住む家に寄って挨拶。
「今年も来たのか・・」
「うん、何時も墓を綺麗にしてくれてありがとう・・」
隣でよっちゃんが笑ってる。よっちゃんに、
「よっちゃん、ポロシャツとジーパン買って来たよ。」
作品名:rainy blue もう・・ 作家名:荏田みつぎ