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腐りかけたリンゴ

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 艦内で座席にしていた装備ボックスが床にころがっている。個人コードを入力してフタを開け、耐衝撃ケースからライフルや手榴弾といった類いの武器をとり出す。
 ナビゲーターが合流地点への方角を示している。これをたどっていけばいいのだが……。
 おれは端末を操作して小隊員の現在位置を表示させた。後輩と友人に合流する方が先だと判断したのだ。彼らが心配だったこともあるが、なによりここを一人で切り抜ける自信がおれにはない。生き残るには仲間が必要だ。
 隊員ナンバー『PV1-AM1308117』に通信先を設定し、レイチェル・シモンズ二等兵との無線連絡を開始する。
「応答せよ。こちらカズヤ・キリシマ一等兵」
 ……応答がない。レイチェルの通信回線は開いている。こちらの声は届いているはずだ。
 ビルが傾いているため坂道になっている廊下を、音を立てないように歩いて階段がある方へむかう。エレベーターのボタンを押すような馬鹿な真似はしない。電力が生きている場所など地球上には存在しない。
 天井にぶら下がっているプレートから、ここが十二階であることが確認できた。
「応答せよ。レイチェル・シモンズ二等兵。こちらカズヤ・キリシマ一等兵」
 適度に間を置いて同じセリフを繰り返しながら、ちりやほこりが舞う階段を下りてゆく。
 端末の情報から、レイチェルがこのビルの近くにいることは確認できている。彼女の位置を示す光点が同じ場所を行ったり来たりしていることから、無事に地上に降りたはいいが、そこからどうすればいいか迷って右往左往している最中だということが予測できる。
 無線機から女の声がした。
「……ヤ先輩! わたし……! ……どこ? どこに……先輩?」
 かすれて聞き取りづらいが間違いなくレイチェルの声だ。相当あわてているようで、通信手順が頭からすっとんでいる。
「無事かレイチェル」
「カズヤ先輩! よかった! わたし、わたしどうしたらいいのか分からなくって!」
「しぃーっ。声のボリュームを落とせ。敵に気づかれるぞ」
「あ、ごめんなさい……」
「怪我はないか?」
「はい。着地するときに転んじゃったけど……」
「そうか。怪我をしなかったのなら問題ない。それから近くに身を隠せる場所はあるか?」
「身を隠せる場所……身を隠せる場所……」
 無線の向こう側で周囲を探索している気配がする。
 傾いたオフィスビルの階段はほこりに覆われていて、一段降りるごとにそいつが舞いあがる。割れてヒビの入った床やはがれた壁紙など、見た目は悪いが建物の作りは頑丈で崩落の恐れはない。宙に舞う大量のほこりが、汚れきったガラス越しに入ってくる日差しをあびて白いカーテンのようにゆらゆらとひるがえっている。
「先輩。レイチェルです」
「ああ、聞こえている」
「バイク屋さんのガレージが開いています。この中なら身を隠せそうです」
「いいぞ。そこに身を潜めて大人しくしていろ。いまからそちらへ向かう」
「でも! じっとしていたら敵が来ちゃいます!」
「大丈夫、おれの方が早い」
「ほんとうに? ほんとうに来てくれるんですか?」
「おれを信じろ」
「……分かりました。お店の名前は『Run and Ride』です」
「了解。すぐに行く」
「おねがい早く来て。一人はイヤ……こわいんです……」
 通信が途絶えた。
 急いだほうが良さそうだ。
 やっとのことで階段を下りきって、ビルの正面玄関から表通りの様子をうかがう。
 通りには崩れた建物の瓦礫が散乱していて、乗り捨てられた自動車がもう何年も野ざらしのまま放置されている。どれも赤錆にまみれ、まともに動きそうな車は一台もない。
 どこか遠くの場所で銃声が鳴っている。しかし、視界内の様子は不気味なほどに静かで、生き物の影すら見当たらない。
 しばらく立ち止まって敵の動きを確認したいところだが、新米がここから五百メートルほど離れた場所で仲間の救援を待っている。この通りを進んでいけばすぐにたどり着ける。
 行くしかない……。
 おれはライフルを構えて旧市街地の探索を開始した。
作品名:腐りかけたリンゴ 作家名:橘慶斗