無
木製の風呂桶のような樽のなかには
透明な水が入っていたと思う
青年になって観た時の記憶では
水草が生え生き物が住んでいたように観えた
水面は小さな波が立ってもいた
3度目に観たとき
もう還暦を過ぎていた
桶のなかの水は半分以下になっていた
既に水草は枯れ生き物もいる気配はない
まるで自分を観ているように感じた
年を重ねるたびに
自分から何かが蒸発して行く
金銭欲であるかもしれないし
出世欲かもしれない
当然性欲もそうだ
身体のなかで動きあがいていた生き物も
死に絶えたのかもしれない
たぶん
水が枯れる頃僕は死を迎えるだろう
桶のなかが無になる様に
僕はすべての欲から解放されるだろう
桶には新しい何かが待っているだろう
僕にも何かが待っているかもしれないが
僕がその事を知ることはできないけれど
僕の身体から抜け出したものたちが
きっと何かの形になっているように思う