真夜中の舞踏会
オーケストラが 静かで どこか物哀しい曲を奏でる。
シャンデリアの明かりが消え、蝋燭の炎のみが男女を清らかに妖しげに灯していた。
彼らは熱き身体を寄り添わせ至福の時を味わう。
青年が君を見つめる。君も彼の澄んだ瞳を見つめ返し、その奥に潜む真実を見つける。
君は愛されることを知り、愛することを知る。身体が砕け散るがごとくの愛の感動に身を委ねた。
彼の手が君の黒髪を優しく愛撫する。
初めて心からの微笑みを浮かべた君。黄金の鏡に映る姿は愛と美の女神だった。
全ては二人の為にある。
周囲の者達の優雅なダンスも、歌姫の輝く歌声も、ヴァレンの銀の音色も。
ダンスホールの大時計が終焉の時を知らせる。
男と女が儚き幻影となって次々と消えてゆく。先程までオーケストラが奏でていた終幕の曲も今は聞こえない。
君は青年を見る。彼は静かに微笑むと、君の手を取って走り出した。
白き扉を抜け、ダイヤモンドの橋を渡る。門に立つ赤き衛兵が長き槍を構える。
青年は君を抱きかかえると、天の神のごとく夜空に跳んだ。
冷麗たる月光に君の純白のドレスが映える。君達は黄金色の門の外に軽やかに着地した。
宮殿の鐘が重き警告の鐘を鳴らす。
黒き森の中を愛の逃亡者が駆け抜けてゆく。終局の足音が君の背中を追いかけてくる。
破滅の烈風が樹々の葉を吹き飛ばす。君達は危険の中でさえ微笑み合っていた。
月が消えた。
森を抜けた海岸に立つ君。旧びた屋敷が遠く森の奥に見える。
あの青年は何処にもいない。全ては幻となって夢の彼方へと去ってゆく。
しかし、君は笑みを浮かべていた。その顔は愛を知った女の喜びに満ちていた。
君はまだ夢の続きを見ているのか。真夜中の舞踏会は、もう終わっているのに。
凶悪な赤き星が空を焦がす。
蒼き空の下の海岸から君の姿さえ消え去ってしまっていた。
全ての情景が虚無の世界へと還ってゆく。君の清らかな瞳が映した美影さえも。
無限の波が君の魂をも飲み込もうと激しいうねりを繰り返す。
今はただ、白き花々の中で君の愛だけが微風に揺れていた。