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夏経院萌華
夏経院萌華
novelistID. 50868
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 目を覚ましたのは病室だった。
薄暗い蛍光灯の明かりがチカチカと不規則に灯っている。
白い壁と消毒液の匂いでここが病院だと分かった。
そこには僕の顔を覗き込む顔、顔、顔。
暫く動かさなかった体は「動け」と命令を阻止するかのように、動くのを躊躇っていた。そして左手だけが従順になり、ようやく顔に手を当て、「眩しい」と言うジェスチャーをした。
「荏原さん。気づきましたか」
看護士が僕の行動を見て、顔を近づけ、名前を呼ぶと、奥の方で待機していたスーツ姿の男が2人やってきて、何やら先生と話をし始めた。おそらく刑事であろう。そんな出で立ちと雰囲気。
「すこしなら」と医者の合意を得て刑事たちがやってきた。
「荏原さんですね」
二人の男がおもむろにスーツの内ポケットを探り警察手帳を取り出した。一人は初老の刑事。一人は若い刑事。若いと言ってももう30は過ぎているだろう。
「船橋東警察の榊です。こっちは三方です」と老刑事が三方を指さす。三方と言われた刑事も軽く会釈をする。
「で・・・一つお聞きしたことがあるんですがねぇ」と老刑事が続けるその目はどこか死んだ魚の目をしていた。
「なんでしょうか。その前になんで僕・・・ここに居るのかすら、わかりませんけど」
僕はなぜここに居るのすら思い出せないでいるので、刑事の質問そう答えた。医者は頭を傾げ、腕を組む。
「荏原さん。いいですか。あなたはマンションから転落してここに居るんです」三方が見かねてそう言うと
「そうなんですか」と少し驚き答える。僕は頭の中で「記憶」と言う箱からガサゴソと手を入れ記憶の断片を拾い上げる作業をしていた。だけどその欠片はどこにもない。僕が少し戸惑っていると、
「あなた。田喜野井マンションに住んでいますよね。そこから落ちたのです。時間は午後8時過ぎに近所の方から通報がありました。」
三方が淡々と事件?事故の真相を語る。
「あ!はい・・・。あの日私、ベランダでタバコを吸っていたんです。そしたら急に目の前が暗くなり、気づいたらここに・・・」
三方の話を聞いて、記憶の断片をようやく拾い上げ、叫ぶように言った
「ほう。たばこですか」
「そうです。タバコ吸っていました」
初老の刑事が若い刑事に何やら合図をして病室から出ていった、
「では。もう少し質問しますけどいいですか」
「はい」
「では。あなたは韮澤恵子さんをご存知ですか」
初めて聞く名前だ。まったく僕の記憶には引っかからない。
僕は首を傾げていると、
「韮澤さんはあなたと同じマンションの1208号室に住んでましてねぇ。ああ・・・ちょうどあなたの住む708号室とは真上に当たりますね」
と言われても、僕には皆目見当がつかない。第一、隣近所にだれが住んでいるのかすら、知らないのに、突然上に住む住人を聞かれてもわかるはずもない。
「まったくご存じないと?」
疑惑の念が老刑事の目から伝わる。
「ええ。わかりません」
この刑事は何を聞いているのか。そして僕に何を言わせたいのか。そればかり気にとられる。そして僕は何をしたんだ。落ちた事で僕の知らない、いや、思い出せない事をやってしまったのかと思った。だけど、そんな見ず知らずの女性になにをするのだ。だから僕は少し嫌な顔をして
「なにかおかしなことでもあるんですか」と老刑事に負けないよう虚勢を張った。
「あのですね。荏原さん。あなただけが転落してここに居るのなら、私たちだってこんなに苦労はしません。私たちはなぜ、韮澤さんとあなた、荏原さんが同じ場所で同時にそこで倒れていたのかって事なんです。おかしいですよね。同時刻に同じマンションで同じ所で転落事故なんて」
と僕の虚勢など全く意味をなさないその冷静な口調で僕は少し馬鹿らしくなった。目を閉じてその馬鹿らしさを反省していると、急にまた記憶の断片が記憶の箱から飛び出してきた
 あの日、僕はベランダでタバコを吸っていた。
賃貸マンションのため、ヤニで部屋が汚れるのが嫌だった。
だからタバコはいつもベランダで吸っていた。
その日もいつものように、タバコをふかして、悦に入っていると。上方から急に悲鳴が聞こえたと思ったら黒い何かに落ちてきた。その黒い物体は僕にぶつかり、そのまま黒い物体もろとも落ちたのだ。
「その黒い何かねぇ」と僕は刑事にそのことを告げると腕を組んで考え始める。しばしの沈黙が気まずい雰囲気を作るのはごくごく当たり前のことだ。僕はその気まずさから脱するため、ひとつ咳払いをした。
「その黒い何かって言うのが韮澤さんでしてねぇ」
老刑事はそれを待っていたかのように、畳みかけるように顔を近づける。
「じゃあ。僕はその韮澤さんでしたっけ?その人の転落事故に巻き込まれたってわけですね」
「それだけだったら私たちだって苦労はしないんです。単なる自殺した韮澤さんに巻き込まれた運の悪い人って言うだけでカタが付きますからね」と訝しい顔をして僕を見る
「カタがつくって・・・」
そう言われ、少し呆れ声で言うと
「失敬。言葉が過ぎましたね。お気を悪くしたら謝ります。ただね・・・少々、おかしな事があるんですよ」
「おかしなことですか。僕は嘘なんてついてませんよ」
「ほう」
榊はそういうとまた黙りこんで病室の窓を眺めはじめた。僕から何かを言わそうとして沈黙を続ける。僕も見覚えのない言われもないのだからその沈黙の勝負を続けた。
「じゃあ。この腕の手形はなんですかね」
榊は窓の外から僕の方へ向き、おもむろに僕の腕を掴みあげた。
そこには5本の指の形をした青あざがくっきりと浮かび上がっていた。そして、そのあげられた腕が思いのほか、痛みが走り「ウッ」と声を上げた。今の僕は体を思うように動かせない。言葉に出すだけで精いっぱいだ。それを見た医者が、
「今日はこれくらいにしてください」と僕と刑事に割って入った。老刑事はこれからなのにと言わんばかりに不敵な笑みを僕に浮かべ、
「じゃあ。また明日来ますんで。先生、ちゃんと治療よろしくお願いがしますよ」と高笑いをし、不気味な笑顔で病室を出て行った。
刑事がいなくなると、病室は先ほどと打って変わり清潔感が漂。医者とナースが僕の襟元と布団を直すと、
「お大事に」とやさしい声をかけられ、出て行った。
ここから静寂の時間が始まる。
ベッドに横たわる僕は天井のシミを見ながら、ここに至るまで事を思い出そうとしていた。
思い出そうとすると、中々で出てこない記憶の断片。もがけばもがくほど記憶と言うおもちゃ箱の中に隠れていく。それに、体は思うように動かず、かろうじて左手だけが何とか動かせるこの状態。このまま半身不随のままだったらどうしようと余計な事を考え始めると、泣きたくなり、その涙で記憶がかすんでいくように思えた。
ひとまず頭を整理した。
僕はタバコを吸い。黒い物が落ちてくる記憶が間違いなのかそれだけを頭の中で何度も再生してみた。タバコそして黒い物。ただそれだけを繰り返した。何度か目の再生をしていた時、脳の一部が開いたかのように明るい記憶が蘇ってきた。
あの時、髪の長い女性が僕の目の前を通り過ぎた。そして僕と確かに目が合ったことを。
「うわあああ」思わず僕は声をあげた。
作品名: 作家名:夏経院萌華