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たもつやまだ
たもつやまだ
novelistID. 5304
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 闇が世界を支配する時間。それが夜。
 その暗がりに隠れて、私たちはそっと小さな旅に出る。
 茂みをかきわけ、目指すのは宝島……なんて大層な物じゃなく、寮から暫く歩いた海岸線へと向かう。
 とりわけ何かがある訳でも無いけれど、皆が寝静まった夜に出掛け、朝日が昇るまでに部屋へと帰る。
 これが私と彼女の、一週間に一度だけ行われる小旅行だ。
 決してはぐれないように、お互いの手は繋いだままで。
 この時ばかりは、私たちに言葉は無粋な物であった。
 手を繋いでいるだけで、そこに感じる肌の暖かさだけで、彼女を近くに感じられるから。
 むしろ、言葉にしてしまったらそこで、全てが泡になって消えてしまうのではないかと不安にだった。
 ただ、時々考える事がある。
 ──彼女はどう思っているだろうか。
 私だけ絶対にありえない事で頭を悩ませているなんて、彼女は考えた事があるだろうか。
 それとも、彼女自身もそんな事を考えていたりするのだろうか。
 だとしたら、とても後ろ向きな答えだけれど、どこか嬉しさを感じてしまうのである。
 ──彼女と同じ気持ちを共有している。
 ただそれだけで嬉しくなってしまう私は、なんと単純な思考をしているのだなあ。
 そんな事を毎度の様に考えながら歩いていると、やがて、遠くの方から波打つ音が聞こえてきた。
 海が近い。
 一週間に一度だけ開催される、二人だけの旅行。
 こう書けば少しは字面としては良いかもしれない。
 中身は単純で、ただ、寮という閉鎖的な空間から逃げ出したいというだけの、小さな反抗。
 始まりは私から持ちかけた案だった。
 しかも一番初めは、部屋から抜け出して寮内を探検したいという、子供染みた発想からだった。
 気がつけば、寮の敷地内、壁の向こう、すぐそばにある茂み、というように、段々とエスカレートしていった。
 そして今では、こうやって二人で海を見にきている。
 このままでは、本気で寮から逃げ出してしまいそうな気がする。
 でも私は、最近ではそれでもいいかな、なんて思っていたりもするのだ。
 彼女と二人なら、どこまででも行けそうな、そんな気がする。
 不思議と不安だという気持ちは沸いてこない。
 むしろそこにあるのは、彼女と一緒にいられるという期待で溢れていた。
 潮騒が段々と近くなってきた。
 鼻につく潮の匂い。
 あの茂みを過ぎれば、もうすぐ。
「──っあ」
 茂みを抜ければ、そこには一面の闇が支配していた。
 僅かな星の光に照らし出され、かすかに見える白く濁った波打ち際。
 幾度と無く繰り返されるその音は、何層にも折り重なってホワイトノイズを形成する。
 どこからが夜の闇で、どこからが海なのか、水平線がわからないその深い闇を見ていると、私は恐怖を感じてしまう。
 その深い深い闇の中に、私という存在が吸い込まれてしまいそうで、とても怖かった。
 少しだけ、彼女の手を握る力が強くなる。
 そんな私の姿を見て察したのか、彼女は私の手を握り返して言った。
「大丈夫。ずっと側にいるから」
 いつもは強気でいる私だけれど、ここ一番となると胆力を発揮できずにいる。
 そんな時、いつも支えてくれるのは、彼女なのだ。
 彼女がいるから私も頑張れる。
 この繋いだ手を離してしまったら、もう二度と掴む事ができないのではないかと思う事がある。
 正直に申告すれば、この海を見にきてから毎回そう思う様になった。
 しかしそれは決して口に出した事は無い。
 彼女はそれを知ってか知らずかなのかは解らないが、毎回私に向かって、どこにもいかない、と約束してくれる。
「これで、何回目だっけ?」
 その約束の言葉が、嬉しくもありどこかくすぐったさを感じている事を彼女には秘密にしておきたくて、私は誤魔化す様に話題を変える。
「五回目」
「そっか」
「うん」
 小旅行自体の数ではなく、海に来た回数だ。
 もう五回になるのか。
 そして五回も、彼女は私に約束をしてくれた。
 ──ずっと側にいるから、と。
「じゃあ、いつもの所、行こうか」
「うん。時間的にもそろそろだもんね」
 いつもの所、というのは別にやましい所を指している訳ではない。
 海岸線を沿う様に道路が続いているのだけれど、そこには路線バスが走っている。その路線の停留所が、私たちの最後の目的地だ。
 特に何がある訳という訳でもなく、ただそこには停留所である事を示すポールと、ベンチが無造作に置かれているだけであった。
 ここで朝焼けの時間までを過ごすのが、お決まりのパターンなのだ。
 どうして日の出まで残らないのかと言われれば、単純に日が昇ってしまうと、寮に帰りづらくなってしまうからだ。
 朝焼けの時間でさえ結構ギリギリなのに、日が昇る頃までいてしまうと色々と面倒なのだ。
 あまりにもリスキーではあるけれど、私たち二人にとっては、この時間は必要不可欠な物に感じられたのだ。
 段々と夜の帳が上がり、世界が白んでくる時に、うっすらと浮かび上がる彼女の顔を見るのが、とても好きなのだ。
「さて、つきました」
 いつもの様に、停留所に到着する。
 早速ベンチに腰掛けようとしたのだけれど、彼女は一向にその気配を見せようとしなかった。
「あれ、どうしたの?」
 不思議に思ったので問いかけてみる。
「うんとね、ちょっと待っててもらっていい?」
「別にいいけど」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
 そう言うと、彼女は私の握った手からするりと離れていった。
 なんだろう、この虚無感。
 繋いでいた手を、離しただけなのに。
 ただ、それだけのことなのに。
 どこか胸がざわついて落ち着かない。
 ずっと側にいると約束してくれたはずなのに。
 私の右手には、まだ彼女が握ってくれていた手の感触とぬくもりが残っていた。
 それが逆に、今ここに彼女がいないという現実をつきつけられている様にも感じられたのだ。
 早く、早く帰ってきて欲しい。
 そしてまた私の手を握り締めて、どこにもいかないと約束して欲しい。
 どうか、どうか──
「ん? どしたの、手のひらなんか見つめちゃって」
 気がつけば、そこには彼女が帰ってきていた。
 どうやら、ちょっとだけ、というのは嘘ではなかったのだ。
 私は彼女の左手を、ひったくる様にして両手で握り締めた。そしてそれに顔を近づけて、頬でその感触を確かめる。
「良かった──置いていかれたのかと思った」
「私が置いていく訳ないでしょ。第一、ここからどこに行けっていうのさ」
 確かに格好も寝巻きのままだし、財布だって持ってきていない。それに着替えだって。
「はい」
 そう言って、彼女は一本の缶を差し出した。
「え?」
 私は呆気に取られながらもそれを受け取る。
 暖かい。
 その缶のラベルを見れば、どうやらそれはコーヒーの様だった。
「いやさ、そろそろ朝晩も冷え込む様になってきたから、必要かなって」
 彼女はそう言いつつコーヒーの缶を開ける。
 ゴクリと喉を鳴らしてそれを一口胃の中へと流し込んだ。
 私は、彼女の手のぬくもりの代わりに出されたコーヒーの缶を握る。
 じわりと暖かさが手の中に伝わってくる。
作品名: 作家名:たもつやまだ