赤子淵
「気分はどう?痛いところはある?」
「いいえ。大丈夫」
「お医者様が言うには疲れとストレス。それに貧血があるみたいよ。」
「貧血?わたしが?」
「ええ。ちゃんとご飯食べてる?暑いからってご飯抜いちゃダメよ。ただでさえ女の子は月に一度生理のせいで貧血気味になるのだから気を付けないと。」
生理の言葉で思い出す血腥さと生温い感触。
倒れる前、あの時確かに自分の股の間から這い出てくる感覚があった。
足元から腹によじ登り、必死にしがみつく小さな小さな赤ん坊の手。
胸に走った鋭い痛みも覚えている。
赤ん坊は胸に噛み付いたのだ。
あれは一体何だったのか。
あの日以来、下腹部の痛みは無くなった。
体調も回復し、血の気の失せていた顔色も元に戻った。
ただ一つ、右の乳房にうっすらと赤い痣が出た。赤い花にも赤ん坊の手にも見えるその痣は、乳房にそっと添えられるように付いている。
痣を見る毎にあの時を思い出す。
血腥い思い出。あの赤ん坊のことは恐ろしくてたまらなかったが、拒否はしなかった。嫌ではなかったのだ。
一生懸命乳を吸う赤ん坊の頭に手を添える自分がいた気がしたのだ。
乳房に添えるあの小さな手に愛おしさを感じていた自分がいたのだ。
恐ろしさと愛おしさを孕むあの痛みは一体何だったのか、清子にはついに何もわからなかった。