小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

赤子淵

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
血腥い
それは産まれたてであるからか

纏わりつく
生温かい小さな無数の手
小さな
小さな
血腥い手

お母
今一度
産んでくれまいか










この頃下腹が痛い。
鈍く重い痛みが続いている。
おかしい。生理はこの間終わったはずである。
この痛みは生理のあの痛みに似ている気がした。

「ハァ・・・ッ・・・ハァ・・・」
痛い
痛い
痛い
痛い!






『藤野には金山沢という沢がある。そこに赤子淵という地名があるが、その土地の由来はその昔飢饉の折、子どもが生まれると嬰児をボロに包みその淵に投げ入れていたからだという。』

幼い頃祖母に聞かされた言い伝え。

『清子、いいかい?女はその淵に無闇矢鱈に近づくもんじゃない。もらって来てしまうからね。』
『なにを?』
『赤ん坊を』





暑い日差しを感じて目が覚めた。体がじっとりと汗で湿っている。
フッと目に付いたのは祖母の遺影だった。昨夜は蒸し暑かったので風通しが良い仏間の座敷で寝たのである。遺影の祖母は柔らかな笑顔をこちらに向けていた。

祖母が逝ったのはもう10年も前になる。美しく優しい人だった。
両親が共働きで家に居ないことが多かったため、私はよく祖母の家に預けられていた。
祖母の家は古く大きな家で、川が近く、山に囲まれた美しい場所に建っている。
幼い頃は山を駆け回って遊んでいたものだ。
遊び相手は近所に住む従兄弟の健造。ひとつ上の年である彼は農家をしている叔父の一人息子で、私よりはるかに小さい頃から山で遊んでいた。
そのため山を熟知している健造は私を色んな所に連れて行って楽しませてくれ、両親と常に離れ離れであった寂しさを紛らわしてくれていた。

『けんぞー、わたし川に行きたい』
『だめだ。川に行ったら怒られちゃうよ』
『なんで?』
『なんでも。女の子は行っちゃだめなんだ』





「たしか・・・健造もおばあちゃんと同じこと言っていた」

【女は赤子淵に近付いてはいけない】

「・・・それは・・・もらってきてしまうから。赤ん坊を・・・」


「なんだって?何をもらうんだ?清子」
縁側の方から声が聞こえた。
座敷の前には広い庭が広がっているが、そこには健造が立っていた。日によく焼けた顔で笑っている。

「おはよう健造」
「おはよう。ハハッなんだ寝坊か?」
健造は縁側から家の中に入ると清子の隣に座った。
「今何時?けんぞー・・・仕事は?」
「もう10時だよ。畑も一段落した」
清子の髪をさらりと掻きながら健造は笑う。

「ぁ・・・ダメっ・・・健造っ・・・!」
すっとシャツの中に滑り込む大きな手。
清子は首に顔を埋められている健造の肩を掴んで押し戻した。
健造は首から離れると不機嫌そうに頬を膨らませている。
「ダメ・・・やだ・・・」
「なんで」
「なんでも・・・今は。・・・!?・・・痛っ・・・」
清子の顔が真っ青になった。下腹を押さえながら苦しそうにしている。
「清子!?おいどうした!!?」


________________________________________




「どうだ?落ち着いたか?」
「うん。もう大丈夫・・・痛くないよ」
清子は下腹部をさすりながら静かに呟いた。
いつものあの痛みはすぐに引いてしまった。
「やっぱり心配だよ。うちに来い・・・父さんも母さんも心配してる」
「大丈夫。だってこの家に来たいから戻ってきたのに・・・。それにすぐに痛いの治まるの。生理痛みたいな感じ・・・。生理はこの間終わったんだけど、生理後痛っていうのかな?まだ痛いのが続いてるみたい。病気じゃないもの平気よ」
「でも・・・」
健造は腹をさする清子の手に自分の手を重ねて、不安そうに顔を覗き込む。
「それに・・・健造ちょこちょこうちに来てくれるんでしょ?」
「行くけど・・・」
「ね?健造も来てくれるからだいじょーぶ」
清子はにこりと笑うと健造の頬を撫でた。
「わかった・・・何かあったら呼べよ。すぐ行くから」





清子はこの夏休み久しぶりに祖母の家を訪ねた。祖母が亡くなってからも度々訪れてはいたのだが、大学進学で都内に出てからはほとんど帰っていなかったのである。
家は空家であったが健造の家族が管理をしていたため、祖母がいた時そのままの家だった。
今年なぜこの家に帰ってきたのか、清子自身もよくわからない。突然帰らなければと思った。あの家に行かなければ!行かなければ!と思っているうちに荷物をまとめ、気が付いたときには藤野に着いていた。
「ほんと・・・なんでだろう?」
清子は下腹に手を添えながら呟いた。





おぎゃぁ・・・おぎゃぁ・・・

赤ちゃん?

『お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母』

おぎゃぁ・・・おぎゃぁ・・・

お腹が痛い
子宮が痛い

『お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母』


お母さん・・・

『お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母お母』


「お母さん!」






自分の声に驚き、ハッと気が付いた。
いつの間に寝てしまったのか、この頃こんなことがよくある。
縁側で戸にもたれながら寝ていたらしい。
辺りが夕日に染まっている。
カナカナカナ・・・
ひぐらしの声が響いている。

「なんだろうあの夢」

赤ちゃんの声が・・・

また下腹が痛み出した。子宮が張り詰めるような感覚、まるで・・・まるで・・・
「まるで赤ちゃんを・・・」

産む時みたいな痛み

産むときみたい・・・な・・・?

「ヒッ・・・」





滑りとした感触が足にあった。
赤い赤い小さな手が足に纏わり付く。
赤黒い体をした赤ん坊が足を掴んでいたのだ。

それは自分の股から這い出したようだった。
太腿に、畳に、白いワンピースに血が付いている。

体が動かない。すぐにでも逃げ出したかった。
涙がボタボタと流れる。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ッッ!」
赤ん坊は清子の腿から腹へとよじ登りちょうど胸まで上がってきた。

がぱり・・・

小さな小さな口が開かれる。
赤ん坊は清子の乳房に食いついた。












明るい。
清子は眩しくて目を覚ました。白い部屋と薬品のツンとした匂い。
どうやらここは病院らしい。
「清子!!!!」
目を覚ました清子に気付いた健造は、清子を強く抱きしめた。
「こら健造。清子ちゃんが苦しそうだわ」
健造の母あや江が清子に抱きつく息子の頭をぺしりと叩く。
「あや江おばさま。ここは病院?」
「そうよ。縁側で倒れていた清子ちゃんをこの子が見つけて救急車を呼んだの。」
健造はまだ清子に抱きつきながらえぐえぐと泣いていた。
「健造、ありがとう」
清子は健造の頭を撫でながら顔を覗き込んだ。
「清子ぉ・・・俺びっくりしたんだ。何度電話しても出ないし。家に行ったら清子倒れてるし。起きないし。血の気の失せた顔してるし・・・真っ白だったんだぜお前!それにひどく冷たかったんだ!」
健造はワァッと喚いてまた清子に抱きついた。
「いい加減になさい健造!」
あや江は息子を清子から引っぺがすと、清子の額にそっと手を置いた。
作品名:赤子淵 作家名:相模坊