俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(上)
第4部 背中合わせの初対面
あんたは
どうだか知らないが
俺は覚えてる
忘れようがない
今どき
拝もうったって拝めない
その
見事に派手な
ラーメン頭と
100メートル先でも
聞こえそうな
よく通るその声
あんたと俺の
初対面は
背中合わせだった
どいつもこいつも
浮き足だった
めでたいイブの
浮かれたホテルで
よりによって
背中合わせの
ロビーのブースで
あんたは
失意の失恋の修羅場
俺は
不承々々の
見合いの修羅場
イブの失恋の
愁嘆場を
あんたは
いとも気前よく
ロビーの客に
披露した
傍目には
大いに笑える
見せ物だったが
ご本人は
真剣そのもの
最大限の
礼を尽くして
2メートル後ろの俺は
振り向くのだけは
遠慮した
気配を察するには
背中でも
充分だった
「1度だって
私をほんとに愛してた?」
それでなくても
よく通る
あんたの声
ロビーの音響と相まって
そこらじゅう
全員の鼓膜に
間違いなく
突き刺さってた
だけど
あいにく
申し訳ないが
相手の男の心にだけは
その泣き落とし
通じてなかった
賭けたっていい
あのときあんたが
未練たらしく
泣いてすがった
相手の男
誰が見たって
脈はなかった
何であんたは
察しない?
たまたま背中で
聞いてるだけの
見ず知らずの
この俺だって
わかるのに
物好きなのか
鈍いのか
気の毒なほど
いい面の皮
俺は内心
笑ってた
だけどあんたに
負けず劣らず
いい面の皮
だったのが俺
毎度 お袋の差し金で
しぶしぶ出向いた
5度目の見合い
あんたのド派手な
絶叫に
ひとり勝手に
合いの手入れた
そのときだった
怒髪天を突いた
相手の女が
俺に向かって
コップの水を
これまたド派手に
ぶちまけた
もちろん俺は
格好の物笑い
去年のイブに
あんたと俺は
不本意ながら
背中合わせで
思わぬ余興
居合わせた
あの場の客を
えらく盛り上げて
やったんだ
ホテルにギャラを
もらいそこねた
だけどあのあと
あんたはくれた
忘れようったって
忘れられない
クリスマスプレゼント
濡れねずみの俺が
そそくさと
人目を忍んで
駆けこんだ
男子トイレの
個室の奥から
とぎれとぎれに
漏れ聞こえてくる
押し殺した
不気味な泣き声
スーツびしょぬれの
不快感もどこへやら
俺は
誘われるように
ノックした
声に聞き覚えが
あったから
ゆうに7・8回は
気長に叩いたはず
狂ったような
返事と同時に
ドアが開いて
中にいたのは
もちろんあんた
イブのホテルの
男子トイレの
ひっそり奥まった
個室の中で
鬼か蛇かと
見まがうような
ふり乱しきった
ラーメン頭
マスカラ混じりの
真っ黒な涙
あとからあとから
やまない嗚咽
そしてその主が 女
ふつう
想像しないだろ
今思えば
不思議だけど
なんであのとき
俺は
吹き出さなかったろう
120%笑っていい
光景だったはずなのに
なんでだか
とにかく俺は
笑わなかった
笑いもしないで
代わりにひとつ
ためになる教訓を
教えてやった
図らずも
披露してくれた
突拍子もない
プレゼントへの
礼がてら
「男なんて
ゴマンといる
どいつもこいつも
大差ない
もしも今度ふられたら
理由なんか
訊くより先に
黙ってスネでも
蹴とばしな」
キム・サムスンさん
覚えてるか?
作品名:俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(上) 作家名:懐拳